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第14話 彼は今夜、満足していなかった? 


まさか今夜、一緒に寝たいなんて思ってるの?

夢乃じゃ足りなかったの? 

もうホテルにまで行ったのに、なんでまた私を巻き込むのよ。


「私は一人で寝るのが好きなの。一緒に寝る必要なんてないでしょ。」

美咲は眉をひそめてはっきり拒絶した。その表情には嫌悪感が隠しきれない。


健一の目が鋭くなり、不機嫌そうに言う。


「今日は八日だ。」


その言葉と同時に、彼の大きな手が壁のスイッチを押すと、部屋は一瞬で真っ暗になった。


美咲は息を呑む。


「健一、部屋に戻って。私は……」


暗闇の中、突然大きな手が彼女の手首をつかみ、強引に引き寄せられる。美咲は抵抗するが、あっという間に健一の胸の中へ。薄暗い光の中で、彼の厳しい表情だけがうっすらと見える。


立ち上がろうとした美咲の腰を、彼の腕がぐっと引き寄せ、その場から動けなくなった。


「やめて!」美咲は怒りで顔を赤くして叫んだ。


「酒、飲んだのか?」健一が突然問いかける。


美咲はワイングラス半分しか飲んでいないし、もう2二時間も経っている。それなのに、彼にはすぐに気づかれてしまった。

顔をそむけて、黙って答えない。


健一が彼女の顎をつかむと、唇がすぐそこまで迫る。

美咲は反射的に手で口元を覆い、さっと顔をそらす。その動きは素早くて迷いがなかった。


その瞬間、健一は怒ったように彼女を押し倒し、ごつい手で両手首を頭の上に押さえつける。


美咲はちょうど生理中だったことを思い出し、もう抵抗する気もなくて目を閉じてしまう。だが、健一の動きはそこでピタリと止まった。まるで、突然興味をなくしたようだった。


そして、無表情で一言だけ言い残す。


「このことで、君に頼む気はない。」


美咲は心の底から安堵する——一生、頼まれるなんて御免だ。たとえ頼まれたって、絶対に応じない。



翌朝、美咲が朝食を取っていると、小林から急ぎの電話がかかってきた。


「美咲、今時間ある? 水曜日に投資家向けの会議があるんだけど、君にプロジェクトのプレゼンをお願いしたいんだ。」


「分かりました。早めに原稿を準備します。」美咲はすぐに応じた。


「プレッシャーにならないか?」と小林は心配そうに聞く。


美咲の研究案がいかに素晴らしいかを知っている小林だが、発表経験が少ないのが気になっていた。


「大丈夫です。しっかり準備しますから。」美咲は自信を持って答えた。


「じゃあ、水曜日に。」


朝食を終えた美咲はすぐに部屋に戻り、仕事に取りかかった。投資家向けの発表となれば、全力で取り組むしかない。



週末の夜、美咲はリビングでモモと遊んでいた。玄関のドアが開く音がして、健一が娘を抱いて帰ってきた。栞奈は新しいおもちゃをしっかり抱え、泣いた跡が顔に残っている。どうやら、やっと泣き止んだばかりのようだ。


「モモ!会いたかったよ!」栞奈は父親の腕からすり抜けて、モモに駆け寄り、ぎゅっと抱きしめる。モモも嬉しそうに尻尾を振って応えた。


ところが、健一が近づくと、モモは途端に尻尾を巻いて、美咲の足元に隠れてしまう——この家の主人を特別に怖がっているようだった。



夜、美咲はベッドで栞奈からおばあちゃん家での出来事を聞きながら、ほんのり暖かい気持ちになっていた。お義母さんは自分に冷たいけれど、孫娘への愛情は本物だ。


あっという間に三日が過ぎた。毎朝娘を送ってからは、急いで家に戻り、原稿を磨き続ける。そして水曜日がやってきた。


前夜には、完成した原稿を小林に送ってチェックしてもらった。

小林はその内容に驚き、感心していた——美咲がいつの間にか専門知識を取り戻しており、発表原稿は理論と実践がしっかり融合されており、説得力ある要点がいくつも盛り込まれていた。



朝八時に娘を送り出すと、すぐに小林から電話がかかる。「美咲、会議は10十時開始だから、早めに来て準備してくれる?」


「すぐ行きます。」と美咲。


三十分後、東京医科大学の研究センター3三階・会議室。

森川と小林はすでに到着していた。美咲がバッグを持って近づく。


「森川さん、小林さん。」


「美咲、君の発表を本当に楽しみにしている。この原稿があれば、最高の投資条件を引き出せるはずだよ。」


小林は感心した表情で、つい興味深そうに尋ねる。「美咲、こんな医学知識、いつ勉強したの? 僕より詳しいんじゃない?」


美咲は微笑んだ。「休学中もずっと専門書を読んでいたんです。父もたくさん本を残してくれましたから。」


「素晴らしい! さすが山本先生の娘だ!」と小林は心から称賛した。


小林が去った後、森川が興味深そうに聞いた。「美咲、どうしてアメリカのラボでの実績を話さないの?」


美咲は首を振る。「国内では大学を卒業していないし、正式な学歴がないから、むしろ言わないほうがいいんです。」


森川も原稿を読んで、その内容に感心していた。



美咲は小林に参加企業リストを聞こうとしたが、彼はすでに忙しそうにどこかへ行ってしまった。仕方なく森川と一緒に1一階の庭を散歩しながら、ラボ設立について話し合う。企業の代表者たちも次々と到着していた。


美咲が水を飲もうとした瞬間、思わず息をのむ——駐車場から十人以上のスーツ姿の一団が歩いてくる。その中心にいる男性を見て、心臓が跳ね上がった。


夫、健一だ。


群衆の中でも、彼は一際目立っていた。背筋が伸び、整った顔立ちで、落ち着いた雰囲気がひときわ際立っている。誰かと話していても、その表情にはどこか距離感があった。


美咲は思わず森川の陰に隠れる。


森川は目を細めて健一たちを見送り、小声で「もう大丈夫、行っちゃったよ」と告げる。


美咲は健一の背中を見つめながら、ふと考え込んでしまった。


「どうした?ご主人にはこのプロジェクトのこと、話してないの?」と森川が驚いたように尋ねた。


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