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第21話 夫は他の女性のそばに


美咲のすでに冷え切った心が、この光景によってさらに深く打ちのめされた。

もう二度と彼に会いたくないと、心から願っていた。


だが、運命は彼女に愛を選び直す機会を与えなかった。

目の前にあるのは、破綻した結婚と、間近に迫る離婚の嵐だけだった。


美咲はお粥を省吾のベッド脇に運んだ。時計を見た省吾がせかすように言う。


「もう娘のところに戻りなさい。こういう時こそ、夫と一緒にいてあげなさい。」

「ええ、何かあったら電話してください。」


美咲も本当は早く娘のもとに行きたかった。

その夫は――今、別の女性のそばにいる。


美咲は外来の点滴エリアを避けて車に戻る。時刻は8八時半、娘を数日自宅に連れて帰ることに決めた。


佐藤家に着くと、すでに年越しの食事は終わっていた。義母が気遣って食事を勧めてくれたが、美咲は「もういただきました」と答える。

娘の栞奈が帰るかと尋ねると、うれしそうに何度も頷いた――ママとモモに会いたいらしい。


階段から義姉の詩織が降りてくる。


「最近は何してるの?」

「特に何も。」美咲は穏やかに笑う。

「栞奈が学校に行ってる間、家にいて退屈じゃない?」


詩織の目にはあからさまな軽蔑が浮かんでいた。

以前、栞奈の前で自分を「お荷物」呼ばわりされたことを思い出し、美咲は詩織の自分への偏見を改めて実感した。


「大丈夫ですよ。普段は本を読んだり勉強したりしています。」美咲は落ち着いて答える。


「へぇ、どんな本が好きなの?」詩織が皮肉っぽく言う。


「医学関係が多いですね。」美咲は微笑む。


詩織は信じていない様子だった――男のために学業を諦めた女が、結婚後に向上心などあるはずがない、と。


詩織は興味を失ったように、また階段を上っていった。


美咲は娘の手を引いて言う。


「栞奈、帰ろうか?モモも大きくなったよ!」


栞奈はうれしそうに頷く。美咲は娘を連れて義母に挨拶した。孫の帰宅に義母は渋い顔をしたが、栞奈の強い希望に根負けして許してくれた。


美咲は頭を下げ、娘と一緒に家を出た。車に乗り込むと、栞奈が見上げて尋ねた。

「ママ、パパは帰ってくるの?」


「パパは仕事が忙しいから、今日は帰れないかもしれないわ。」


「そっか……」と、栞奈はうつむいてがっかりした。


家に戻ると、モモと遊ぶうちに栞奈もすぐに元気を取り戻した。美咲は松本さんに声をかける。「松本さん、ラーメンを作ってもらえる?」


「奥様、まだ夕食を召し上がっていませんでしたか?」


「ええ、少し多めにお願いします。栞奈と分けて食べますから。」


十五分後、母娘は明かりの下で一緒に食事をした。

栞奈は自分の器を差し出して、「ママ、私もう食べたから、ママたくさん食べて」と気遣った。


美咲は胸が温かくなった。


夜は絵本を読み聞かせ、特に意味深い物語を選んだ。


深夜、うつらうつらとしていた美咲は、誰かが寝室に入ってくる気配で目を覚ました。廊下の明かりを逆光にして、健一の姿が見えた。


娘は美咲の腕の中で眠っている。健一は大きな手で娘の頭をそっと撫でた。その指先からは、ほのかに女性の香水の匂いが漂ってきた――肌が触れ合った後に残るような香り。


香水は通常、手首や耳の後ろ、首筋につけるものだ。


つまり、健一の手は白川夢乃のそういった部位に触れていた、ということだ。


健一が部屋を出て行くまで、美咲はじっと息を殺していた。


翌朝、スマートフォンに数件のメッセージが届いていた。


「佐藤様、写真を何枚かお送りします。」


探偵から三枚の写真が届いた。


一枚目:診察室で、白川夢乃がか弱そうに健一の隣に座り、健一は医師に彼女の病状を細かく尋ねている。


二枚目:点滴室で、白川夢乃が健一の腕に寄り添い、彼のジャケットが彼女の体を包んでいた。


三枚目:細い雨の中、健一が傘を差し、ジャケットを羽織った白川夢乃を抱き寄せて歩いている。


「佐藤様、ご主人の不貞の兆候が見られます。引き続き調査を進めますので、進展があればご連絡いたします。」


「わかりました。」とだけ美咲は返信し、写真をパソコンの暗号化フォルダに保存した――これらは離婚のための切り札となる。


厳しい寒さの中、除夜が静かにやってきた。


朝九時、義母の雅子から電話が入り、栞奈を早めに連れてくるよう催促された。


健一はカジュアルなスーツ姿で階段を下り、車のキーを手に取り、晴れ着の娘を抱き上げて出かけた。


「奥様、お帰りなさいませ!」家のスタッフが明るく迎えてくれる。


美咲はバッグを手に中へ入ると、雅子がうれしそうに孫を抱きしめていた。「お義母さま」と声をかける。


雅子はちらりと美咲を見て、ますます不機嫌そうだ――以前は愛想よく気を使っていたのに、今では会うたびに冷たくなった、と感じていた。


美咲はソファに腰を下ろし、健一もその隣に座る。二人はそれぞれスマートフォンを取り出した。


空気は冷えきっていた。まるで夫婦ではなく、見知らぬ他人のようだった。


花瓶を抱えた佐藤夫人が二人を見て、心の中でため息をついた。この二人の間に、何があったのだろうか。


「美咲さん、こっちに来て一緒にお花を生けましょう。」佐藤夫人が声をかける。


美咲は微笑みながら立ち上がり、スマートフォンはそのままテーブルに置いた。


今日は花屋から十数種類の花が届いていた。美咲は佐藤夫人に教わりながら、花を切り揃え、色合いを考えながら生けていく。


数分後、美咲のスマートフォンの画面が(マナーモードで)明るく光った。健一はそれを手に取り、花の間へ向かう。


ちょうど入口で、佐藤夫人と美咲の会話が聞こえてきた。


「美咲さん、健一に辛く当たられたり、つらい思いをしたら、遠慮なく私に言いなさい。私が彼を叱るから。」


美咲は穏やかに微笑む。「大丈夫ですよ。」


「うちの孫は稼ぐことはできるけど、人を喜ばせたり、優しくしたりは苦手なのよ。あなたも大変だろうけど、どうか我慢してあげてね。」


「分かっています、おばあさま。」美咲は素直に答える。


「あなたもね、言いたいことがあれば我慢せずに言いなさい。もし健一があなたをないがしろにしたら、私が味方だから。」


美咲は冗談めかして、「はい、おばあさま、覚えておきます」と返した。


佐藤夫人は美咲があまりに静かなので、その内に秘めた我慢やつらさを感じ取り、優しく声をかけた。

「美咲さん、つらいことがあったら、溜め込まずに話しなさい。女性は、我慢しすぎると心も体も疲れてしまうものよ。」


美咲は手元がふと狂い、爪の脇を切ってしまった。血がにじみ出し、小さく声を上げる。


「おばあさま、指を切ってしまいました。」

「どれ、見せてごらん!」


佐藤夫人が傷を覗き込み、顔を上げてスタッフを呼ぼうとしたとき、ちょうど入口に健一の姿を見つけた。


「健一!薬箱を持ってきて、美咲さんがケガをしたのよ!」

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