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第23話 水に落ちたとき、彼は誰のもとへ? 


新年の横浜はどこも賑やかで、観光地は人で溢れ、街もネットも新年の喜びに包まれていた。


美咲は雅子からのランチの誘いをやんわり断り、自宅でラーメンを作って食べた。


夕方六時、詩織から電話がかかってきた。


「今夜、みんなで外でご飯食べるけど、一緒にどう?」


「どこで?」と美咲が聞く。


「後で住所送るね」と詩織が位置情報を送ってきた。


渋滞や駐車場の心配を避けるため、美咲はタクシーを利用した。ホテルに着いたのは7七時頃。エレベーターで六階へ上がる。


エレベーターの扉が開き、美咲は左右を確認して左側の廊下へ歩みを進めた。豪華なドアを抜けると、目の前には洗練されたプールサイドの廊下が広がっている。


個室の前に着くと、電話中の詩織が彼女に気づき、目の奥に計算高い光を宿す。


詩織は隣の個室のドアを開けた。


美咲は思わず立ち止まった。


個室には七~八人、男女が入り混じっていた。主賓席には健一がスーツ姿でくつろいで座っている。その隣にはワインレッドのドレスをまとった白川夢乃。ライトの下、二人はまるで理想のカップルのように見えた。


家族の集まりかと思いきや、これは明らかに健一のプライベートな食事会だ。


美咲はすぐに状況を察し、目に冷たさを宿した。「詩織、話が違うじゃない。」


詩織は一瞬言葉に詰まる。確かに美咲をからかうつもりで呼んだのだが、その責めるような口調にムッとした。「せっかく誘ってあげたのに、何その言い方?」


白川夢乃が立ち上がり、にこやかに声をかける。「佐藤さん、せっかくいらしたんだからご一緒にどうですか? ちょうど健一さんもいますし。」


美咲は冷ややかに白川夢乃を一瞥する。今夜の仕掛け人には、夢乃も加担しているのだろう。


美咲は踵を返して立ち去ろうとする。


すると夢乃が突然、美咲の手を取った。「佐藤さん、健一さんのそばにいてあげて! 私はちょっと用事があって……」


美咲は健一に目を向けるが、彼は静かに座ったまま、表情を読み取れない。


これ以上関わりたくなくて、夢乃の手を振りほどき、大股でその場を離れた。


夢乃はプールを横目で見て、口元を歪めて美咲に追いつく。「佐藤さん、誤解しないで。健一さんとは昔からの知り合いなだけ……」


再び美咲の腕を掴む。美咲が目を細めて振りほどこうとしたその瞬間、夢乃の目にかすかな笑みが浮かび、勢いよく美咲を引っ張ってプールに向かって倒れ込んだ! 


「ドボン!」


二人は次々に深さ2二メートルの冷たいプールへと落ちていった。


個室の入口で詩織が苛立っていたが、音に気づいて振り返ると、水中でもがく二人の姿が目に入った。


「夢乃さん!」詩織は叫び、個室の中へ。「健一兄さん! 夢乃さんが落ちた! 早く助けて!」


健一はすぐさま飛び出し、他の参加者も後を追う。プールを見て驚く。水の中には夢乃と美咲の二人がいた。


健一はジャケットを脱ぎ捨て、迷いなくプールに飛び込んだ。誰もがまず彼が妻の美咲を助けるものと思ったが、彼は真っ直ぐ夢乃の方へ泳いでいった。


「そっちが沈みそうだ!」誰かが叫ぶ。美咲の姿が水中に沈み、泡だけが上がっていた。


その時、もう一人の男性が「ドボン」と水に飛び込み、美咲の方へと必死に泳いでいく。


美咲が人生で一番後悔しているのは、泳ぎを習わなかったことだ。もがいても体はどんどん沈んでいく。何度か水を飲み、息が苦しくなって意識が遠のく。


冷たい水が体中を締め付ける。


突然、大きな手が彼女の腰をしっかりと抱え、水面へと引き上げた。美咲は必死に空気を吸い込む。ぼんやりとした視界の中で見えたのは、端正な横顔――


健一ではなく、田中だった。


田中はしっかりと美咲の腰を支え、プールサイドへと泳いでいく。痛む目で美咲が見たのは、健一が白川を岸へと引き上げ、ちらりと美咲を振り返った後、すぐに白川の様子を確認し始める姿だった。


田中に助けられた美咲は、他の男性ゲストに引き上げられ、プールサイドで激しく咳き込んだ。肺に入った水を必死に吐き出す。


「大丈夫?」田中の声が聞こえた。


美咲は顔を上げ、優しい目で見つめられた。


「ありがとう。もう大丈夫」と息を整えながら礼を言う。


人混みの中で、詩織の嫉妬に満ちた視線が突き刺さる。兄が飛び込んだ後、田中まで美咲を助けに飛び込んだことが許せないのだ。


ホテルのスタッフが走り寄ってきた。「すぐに乾いたお着替えをご用意します。こちらへどうぞ。」


もう一人のスタッフが健一に声をかける。「ご主人様と奥様も更衣室へご案内します。」


「奥様」と呼ばれた瞬間、白川の目が嬉しそうに細まる。立ち上がる時、わざとバランスを崩すと、健一がすかさず支えた。


夢乃の小さな悲鳴に、美咲も思わず振り返る。


更衣室で美咲はスタッフから受け取った服に着替え、髪を乾かした。外に出ると、田中と健一はすでに着替えてソファで待っていた。


その時、詩織が駆け寄り、怒りをあらわに詰め寄る。「美咲!なんで夢乃さんをプールに突き落としたの?ひどすぎる!」


美咲は前髪を整えながら答える。

「どこをどう見たら、私が突き落としたって言えるの?」


「なっ……」詩織は反論できず、言葉に詰まる。


その時、優しい声が割って入る。

「詩織さん、美咲さんを責めないで。あれは事故よ。私が……私がうっかり彼女を引っ張ってしまったの。」


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