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第15話 小早川秀秋、参上!




「フハっ! フハハハハハハハハハっ!」



 岡崎城を守る福島正則は最初から城に籠もっての籠城戦を選ばなかった。

 緒戦を勝利で飾り、その後における籠城戦での士気を高く保とうと考えたのか。岡崎城の西、矢作川手前に馬防柵を列べて、こちらを待ち構えていた。


 要するに『長篠の戦い』の再現である。

 この作戦を読んでいた大谷吉継が別働隊による二面作戦を提案。

 西軍は鳴海城を発った時点で軍勢を二つに分け、岡崎城を北と西から攻める手筈になっていた。


 この二面作戦における注意点は三つ。

 一つ目は、西攻めルートが岡崎城へほぼほぼ真っ直ぐに進むのに対して、北攻めルートは岡崎城へ弧を描いて進む為、どうしても時間差が生じ、早め早めの行軍を心がけなければならない点。

 二つ目は、三河国そのものが平野であり、兵力の移動を隠すのが困難な為、岡崎城を守る面々が揃いも揃って間抜けでない限り、この二方面作戦は確実にばれてしまう点。

 三つ目は、西攻めルートの軍勢は敵に圧倒的な地の利を取られている以上、北攻めルートの軍勢が到着するまで苦戦を強いられる為、作戦そのものが一歩間違ったら瓦解してしまう点。 


 その為、西攻めルートの軍勢は矢作川を無理に渡河せず、敵と矢作川を間に挟んで対峙。北攻めルートの軍勢到着を待ったら良いと思えるかも知れない。

 だが、敵が堅い門を開けて、せっかく出てきているのだから、これを利用しない手は無い。今さっき、福島正則の心理を『緒戦を勝利で飾り、その後における籠城戦での士気を高く保とうと考えたのか』と語ったが、それはこちら側にも当て嵌まる。


 岡崎城は二重の水堀に囲まれた堅牢な城。

 これを力攻めで落とすには手間と時間がかかるし、早期の決着は家康にプレッシャーをかけられる。


 そして、この苦戦必至の西攻めルートを毛利秀元が率いる毛利家が立候補。

 関ヶ原での失点を取り戻そうと、矢作川の渡河に三度も失敗しながらも粘り強く戦い、つい先ほど北攻めルートを進んできた宇喜多秀家が率いる軍勢が到着。

 今や、形勢は西軍有利に大きく傾きつつあり、遂に毛利家は渡河に成功して、どこもかしこも乱戦模様となっていた。



「フハハハハハハハハハっ!

 そぉ~れそれそれ! それそれそれ! それそれそれ! よっしゃあああああっ!」」



 ここで悲報。関ヶ原での突撃で脳を焼かれたのか、どうやら俺は所謂『トリガーハッピー』だったらしい。

 最初こそ、おっかなびっくり感を否めずにいたが、馬を駆けさせながら槍を振り回して、行く手に立ち塞がる足軽達を薙ぎ払っている内に楽しくなってしまい、今では爽快感と共に最前線を駆けていた。


 たった今、指揮官と思しき騎馬武者をすれ違いざまに一閃して落馬させた瞬間なんて、絶頂すら感じた。

 腰がビクッと跳ねて、熱が褌の中に放出される有り様。もしかして、俺は変態さんなのだろうか。


 いや、これはきっと脳内物質がドパドパと放出されているせいに違いない。

 その証拠に今まで無傷とはさすがにならず、手傷を幾つか負っているが、ちっとも痛くない。


 鎧と兜が意外なくらい頼もしい存在だと判明したのも大きい。

 正直に言ったら、格好良さは認めるが、こんなものが役に立つのか、脱いで身軽になった方がよっぽど良いのではないだろうかと存在そのものに半信半疑だった。


 しかし、違った。無知故の大きな誤りだった。

 歴史と共に進化し続けてきた概念が無用の長物である筈が無かった。


 刀や槍などの達人は別として、鉄はそもそも斬れない。

 斬れない以上は貫くしかないが、その為には腰と踏み込みをしっかりと入れた突きが必要となる。


 戦場で大多数を占めるのは足軽だ。

 その殆どは土地の支配者に徴兵された農民であり、基本は命が大事で投げ捨てたりはしない。


 それが負け戦なら尚更。彼等は勝敗にとても敏感である。

 槍衾を作って向かってこようと、声を張り上げながら槍を振っていれば、及び腰。

 譬え、槍を受けても鎧が反らしてくれるのを何度も経験している内に怖くはなくなった。


 警戒が必要なのは弓と鉄砲だが、敵味方に当たる乱戦状態では使えない。

 即ち、攻撃こそが最大の防御。下手に間合いを取ろうとか小難しい事を考えるよりも、怯まずに突っ込んだ方が安全性は高い。


 そして、それは間違っていない筈だ。

 俺の左手側を少し離れて併走する島津豊久もそうしている。



「かっかっかっかっかっ! 愉快、愉快!

 秀秋様! 睨んだ通り、あんたはやっぱり儂と一緒だ!

 後ろでただ見ているだけなんて似合わん! 嵐の中でこそ、輝く人間だ!」



 だが、戦国時代初心者に過大な期待して貰っては困る。

 俺に対する島津豊久の高い評価に苦笑しながら横目を向けたその時だった。



「松尾山の鉄砲水だっ!? 門を閉めろぉぉ~~~っ!?」



 遥か上空、滑空する鷹が『ピーヒョロロ』と鳴いた。

 剣戟と雄叫びで喧しい戦場の中、その聞こえる筈が鳴き声は俺を少しだけ冷静にさせた。

 視線を目の前から戦場全体へと向けてみれば、開いていた岡崎城の大手門がゆっくりと閉じつつあった。



「征くぞ、オグリ!」

「ヒヒーンっ!」



 跨っている馬の腹を軽く叩く。

 馬が嘶きを一つ。駆ける速度を全力疾走に上げてゆき、大手門を一直線に目指し始める。


 この馬は本当に頭が良い。

 一応、手綱は着けてあるが、俺は乗馬初心者。特に操作しなくても俺の意図を汲み取って動いてくれている。


 余談だが、名前が『オグリ』なのは芦毛だから。

 小早川秀秋の所有馬だった為に大事な扱いはされていたが、名前が『亜白』というぞんざいな名前なのを知って改名しようとした時、競馬好きな父の影響で芦毛の馬といったら、あのスーパーアイドルホースの名前しか浮かばなかった。



「フハハハハっ! 小早川秀秋、参上おおおおおおおおおお!」



 あと十数メートル。

 そこまで到達した瞬間、重い音を立てて、大手門が閉まる。


 だが、防衛の都合上、大手門は必ず内開き。

 閂がまだ施錠されておらず、閉まったばかりの今なら行けると判断して吠えると、馬は駆ける速度を更に上げて、大手門まであと一呼吸のところで躊躇いを微塵も感じさせない大ジャンプ。



「岡崎城、一番乗りぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」



 その結果、俺と馬の重さと疾走力が乗算されたエネルギーが突き出された前足二本の蹄に集中。

 数人がかりで開け閉めを行う大手門が半ば粉砕されながら再び開き、すぐさま勢い余って目の前の石垣へ衝突しないように手綱を引き、馬が横滑り。土煙が盛大に舞う中で勝鬨をあげる。



「かっかっかっかっかっ!?

 堪らん! 堪らんぞ! あんたほどの男と一緒に戦えるなんて、ここが極楽か!」



 しかし、俺に続いて城内へ突入してきた島津豊久の笑い声にはたと気づく。

 今朝の軍議にて、手柄は毛利秀元に譲ると宣言したにも関わらず、一番美味しいところを奪ってしまったのではないだろうかと。それも毛利家に苦労ばかりを重ねた挙げ句に。



「フハハハハっ! 豊久殿、貴方の補佐が有ってこそだ!」

「かっかっかっ! 儂の事は豊久と呼び捨てで構わんぞ!」

「では、俺も秀秋と呼んでくれ! 様は要らないぞ!」

「なら、秀秋! このまま二の門まで競争だ! 次こそ、負けんぞ!」



 だが、戦いには機というものが有り、勢いが大事でもある。

 躊躇いは一瞬。こうなったら、なるようになれと勢いに任せる事にした。




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