金曜の夜、新宿・歌舞伎町のネオンが街を幻想的な色彩に染めていた。
弘一は「Luna」という名の高級バーの前に立ち、ネクタイの締まりを調整していた。
「ここで間違いないはず……」
同僚から得た“確実な”情報によると、九条琉璃は毎週金曜の退勤後、このバーで軽く一杯やるのが常だった。さらなる“恥辱値”を稼ぐため、弘一は自ら動くことを決意した。
深く息を吸い込み、ドアを押して店内へ入る。
バーの内装は控えめながらも豪華で、暗い金色の照明が濃い茶色の木製カウンターを照らし、ジャズが柔らかく流れていた。
弘一の視線は、すぐに隅の席にいるある人影に釘付けになった。
琉璃はひとり、ボックス席に座っていた。
細い指でクリスタルグラスをつまみ、琥珀色のウイスキーがライトの中で揺れていた。
今日は珍しく髪を下ろしており、黒いシルクのシャツの襟元はボタンが2つ外され、白い鎖骨がのぞいている。
(昼間の印象とまるで違う……)
弘一はごくりと唾を飲み込み、作戦を決行することにした。
わざとふらつきながらカウンターへ向かい、大きな声でバーテンダーに言った。
「い、いちばん強い酒をくれ!」
バーテンダーは眉をひそめた。
「お客様、酔ってらっしゃるですか?」
「何言ってんだ!まだ飲んですらないっての!」
弘一はわざと声を張り、客たちの注目を集めた。
「オレは千杯飲んでも酔わない男だぞ、げっ……!」
わざとゲップをするふりをして、ふらつきながら振り返ると、まるで偶然見つけたように琉璃を見つめた。
「うわっ!すげー美人が一人?」
「オレと一杯どう?」
軽薄な口調で話しかけると、琉璃はゆっくりと顔を上げた。
その目は、凍土のように冷たかった。
「近藤」
小さな声だったが、その瞬間、周囲の空気が一気に冷えた。
弘一はまるで今気づいたように大げさに一歩下がった。
「あっ!ぶ、部長!?なんでここに……」
「演技は楽しかったか?」
グラスを置き、琉璃が立ち上がる。
ヒールを履いた彼女は弘一よりも半頭身ほど高く、見下ろすようなその圧力に、弘一は思わず首をすくめた。
「ま、間違えました!」
逃げようと背を向けた瞬間――
「止まりなさい」
体が固まった。
琉璃の足音が、乾いたヒール音を地に刻みながら迫ってくる。まるで終焉を告げる鐘のように、ひとつ、またひとつと響いた。
「私の前でわざと酔ったふり?」
指先が弘一の首筋をなぞる。
「昼間の罰じゃ足りないのかしら」
背中を冷汗が伝う。
(バレていた!?)
そのとき、バーテンダーが透明の飲み物を持ってきた。
「お客様、特製カクテルです」
琉璃はそれを受け取り、唇の端に危うい笑みを浮かべた。
「近藤」
「は、はいっ!」
「こっちを向いて、私を見なさい。」
弘一は震える手で向き直った。次の瞬間――
ばしゃっ!
グラスの中身が顔にぶちまけられた。
「目、覚めた?」
口元をなめてみると、それは酒ではなく氷水だった。
(酒じゃなくて水!?)
周囲の客たちがクスクスと笑い、何人かはスマホを取り出して撮影を始めた。
――ピロリン!
「恥辱ポイント+80(人前で水をかけられる)」
「恥辱ポイント+50(九条琉璃・羞辱)」
「恥辱ゲージ:430」
弘一は心の中でガッツポーズをしたが、さらに情けない顔を装う。
「す、すみませんでしたぁ!」
琉璃は財布から一万円札を数枚取り出してカウンターに置き、コートを手に入口へ向かった。
すれ違いざま、声を潜めてささやいた。
「次にこんな茶番やったら――」
ヒールの先が弘一の足をやや強めに踏みつけた。
「ベルトで縛って、街を這わせるわよ」
(……悪魔か!?)
琉璃が去った後、バーテンダーがタオルを差し出してきた。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です……」
顔を拭いている時、弘一はポケットに何かが入っていることに気づいた。
紙切れだ。一行だけ、丁寧な筆跡でこう書かれていた。
「午前1時、裏路地で」
――
午前0時50分、弘一は裏路地の影に身を潜め、何度も時間を確認していた。
(行くべきか?)
(罠だったら?)
(でも羞恥チャンスかもしれない……)
葛藤していると、どこかで嗅いだ香水の香りが鼻をくすぐった。
「時間を守るのは褒めてあげるわ」
琉璃が闇の中から現れた。
月光が彼女の輪郭を妖艶に浮かび上がらせていた。彼女は紙袋を手渡した。
「着なさい」
中を覗くと、メイド服だった。
「えっ!?」
「三分」
彼女はスマホのタイマーをセットした。
「遅れたら、今年のボーナス減らすから」
(なにこの展開!?)
――ピロリン!
「極限羞辱イベントを検出」
「予想恥辱ポイント:300点以上」
(やるしかない!)
ゴミ箱の裏で素早く着替える。黒いレースのスカートはギリギリ太ももを隠し、白いエプロンが呼吸を妨げ、ヘッドドレスは歪んでいた。
「じ、時間よ!」
琉璃は弘一を見て、目を細めた。
「……意外と似合うわね」
カシャ。フラッシュが焚かれ、思わず顔を隠した。
「さすがに!これはひどいですって!」
琉璃はスマホの画面を見つめながら、ふと弘一の顎を指先でつまんだ。
「わかる?今の顔――」
そして囁くように、甘く冷ややかに耳元で言った。
「昼間、地面を這ってた時より……ずっと可愛げがあるわ」
顔が一気に真っ赤になる。
――ピロリン!ピロリン!ピロリン!
「恥辱ポイント+200(女装)」
「恥辱ポイント+100(撮影される)」
「特殊実績解放:課長のプライベートコレクション」
「恥辱ゲージ:730」
足がガクガクして立てなくなりそうだった。
(恥ずかしすぎる……)
琉璃は名刺を彼のエプロンのポケットに差し込んだ。
「日曜の朝10時、この住所へ来なさい」
高級クラブのVIPカードだった。
「これは……」
「遅刻したら――」
彼女の指が弘一の胸元を撫で、意味ありげな笑みを浮かべて夜に溶けていった。
弘一は裏路地にへたり込み、心臓がはち切れそうなほどバクバクしていた。
(狙われてる……?)
(それとも、ラッキーなのか……?)
手を震わせながらシステム画面を開くと、恥辱ポイントは潤沢にあった。
「交換:軽度回復(酔い解除/50)」
「交換:透視能力アップグレード(3時間/300)」
「恥辱ゲージ:380」
全身に力が満ちるのを感じ、弘一は深く息を吐いた。
(この先どうなる……)
(いや、ちょっとは楽しみかも?)