土曜の朝。
弘一はLINEの通知の嵐に呼び起こされた。
「弘一兄ちゃん!今日は私たちの大学の学園祭だよ!絶対に来てね!」
「タイムテーブル送ったよ!午後2時からうちのクラスの舞台劇あるから!」
「来なかったら会社の前で抗議するからね!(╯°□°)╯︵ ┻━┻」
差出人:雪菜。
弘一はこめかみを揉んだ。
昨夜の女装事件の衝撃がまだ尾を引いているというのに、今度は元気全開の雪菜を相手にしなければならない。
(とはいえ……学園祭はポイント稼ぎの好機かもな)
彼は「OK」のスタンプを返し、ついでに交換画面を開いた。
「羞恥ゲージ:380」
(節約して使わないと……)
雪菜の大学キャンパスは装飾で賑わい、コスプレ姿の学生があちこちを歩いていた。
弘一はカジュアルなシャツにジーンズ姿で、まるで場違いな空気を漂わせていた。
「お兄ちゃん!こっちー!」
遠くから雪菜が駆け寄ってくる。
今日はメイド服姿で、ツインテールが跳ねるように揺れていた。
弘一が反応する間もなく、彼女は勢いよく腕に抱きついてきた。
「わぁ~!これが雪菜が言ってた“お兄ちゃん”?」
何人かの女子が寄ってきて、興味津々の眼差しを向けてきた。
「思ったより若いじゃん!」
「でもやっぱオジサンだね~」
――ピロリン!
「羞恥値+15(若い女子にイジられる)」
弘一はぎこちなく笑って会釈したが、雪菜は突然背伸びして耳元で囁いた。
「実は……あとでちょっとお願いがあるの」
その吐息が耳たぶをかすめ、弘一はピクリと体を強張らせた。
「な、なんのお願い?」
雪菜はいたずらっぽくウィンクした。
「まずは私たちの劇を見てから~!」
講堂は満席だった。雪菜のクラスの演目はアレンジ版『ロミオとジュリエット』で、彼女はジュリエット役。
ロミオ役は背の高いイケメン男子だった。
その“ロミオ”が片膝をついて雪菜の手にキスをするシーンで、弘一の胸にモヤモヤとした違和感が湧く。
(なんだこの感じ……)
公演後、舞台から駆け寄ってきた雪菜は嬉しそうだった。
「どうだった、お兄ちゃん!私の演技!」
「……よかったよ」
弘一は目を逸らしながら答えた。
「あの男は誰だ?」
「翔太くん?うちの学科の王子様だよ!」
雪菜は首を傾げてにやりと笑う。
「もしかして……ヤキモチ?」
「バ、バカ言え!」
声が裏返った。
雪菜は近づいてきて、まつげが数えられそうなほどの距離で言った。
「うそつき~。耳が真っ赤だよ?」
――ピロリン!
「羞恥ポイント+20(図星を突かれる)」
言い返そうとしたそのとき、数人の女の子が近づいてきた。
「雪菜~!罰ゲームの時間だよ!」
「え?ちょ、待って――」
女子たちは紙袋を押し付け、中からはピンクのレースのパンツがひらり。
「負けたら“パンツかぶり”が罰ゲームってルールでしょ!」
弘一は呆然とした。
「今の大学生ってそんなに大胆で破廉恥な罰ゲームをやるのか!?」
雪菜は顔を真っ赤にして足踏みした。
「ダメ!お兄ちゃんの前では絶対無理っ!」
金髪の女子がニヤリと弘一を見た。
「じゃあ~、代わりに“おじさん”がやってくれてもOKだよ?」
その場が静まり返る。全員の視線が弘一に集中した。
(きた!チャンス!)
彼は息を吸い込み、パンツをひったくった。
「俺がやる!」
「ええーっ?!」
雪菜が絶叫する。
歓声と拍手の中、弘一は女物のパンツを頭にかぶる。ちょうどレースの縁が目の上にフィットした。
「わあ~~!」
「意外と似合う~!」
「写真撮る!」
フラッシュが連続でたかれ、レース越しに見えたのは顔を覆う雪菜――だが指の隙間からしっかり覗いていた。
――ピロリン!ピロリン!ピロリン!
「羞恥ポイント+150(極限の羞恥プレイ)」
「特殊実績解除:キャンパスの伝説」
「羞恥ゲージ:565」
弘一は笑いをこらえつつ、悶絶するような演技で言った。
「も、もう勘弁してくれぇ~!」
「まだまだこれから!」
女子たちはさらにパンツを取り出した。
次はランウェイね!」
弘一の視界が真っ暗になった。
(やりすぎたか!?)
30分後、彼は5枚の異なるデザインのパンツをかぶってランウェイを完走。すでに脱力状態。雪菜はずっと物陰に隠れていたが、耳まで真っ赤だった。
「お兄ちゃん……」
終わったあと、彼女は駆け寄ってきてミネラルウォーターを差し出した。
「ごめん……あんなことになるなんて思わなかった……」
弘一は手を振って受け取り、ふと画面に気づく。
「雪菜の感情変動が激しいため、ボーナス+50」
「羞恥ゲージ:615」
(当人の反応も加点対象か……)
考え込んでいると、雪菜が弘一の裾をつまむ。
「えっと……さっき言ってたお願いなんだけど……」
「ん?」
雪菜は指をいじりながら言った。
「明日……一緒に行ってくれないかな」
「どこに?」
「えっと、その……」
声がどんどん小さくなる。
「成人式の振袖の試着……」
弘一は水を盛大に吹き出した。
「はあ!?」
雪菜は潤んだ目で言う。
「ママは出張中で、パパはセンスないし……お兄ちゃんしか頼れないの……」
その純粋すぎる視線に、弘一は一瞬言葉を失った。
(わかってて誘ってんのか、この子……)
――ピロリン!
「羞恥ポイント+30(モラルジレンマ)」
弘一はため息をついた。
「……何時だ?」
雪菜はパッと笑顔になった。
「午前10時!駅でね!」
そして、つま先立ちで弘一の頬にキスをして、慌てたように逃げていった。
弘一はその場で固まり、頬に残る柔らかい感触に心臓がバクバクしていた。
(……わざとだよな、絶対)
帰り道。弘一はシステムで今日の成果を確認。
「交換:映像記憶(永久/500)」
「羞恥ゲージ:115」
情報が一気に頭に流れ込む。
弘一はふと、琉璃からもらったVIPカードのことを思い出した。
(明日の夜、クラブの約束もあるんだった……)
(……まいった、忙しすぎる)