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第12話 一獲千金

頬を斬りつけるような凍てつく風に、弘一の指先はじんじんと痺れていた。


祖父母のリンゴ園は――無残な姿を晒していた。


柵は押し倒され、倉庫の扉は叩き壊され、足元には割れたガラス片と砕けた木材が散乱している。


門前には、毛布を肩にかけた祖父母が身を寄せ合って座り込んでいた。その前に立つ、黒スーツの男たち。


「ジジイ、これが最後の通告だ。三日以内にサインしねぇと、次は何が壊れるか分かんないぜ」


威圧的な声と共に、腕を組んで仁王立ちする二人の大男。


その言葉に、弘一の中で何かがはじけた。


無言のまま彼らの前へと歩み出た。拳を握る手には、かすかに震えが走る。


「……誰の差し金だ?」


「おやおや、都会からお坊ちゃんご帰還か?」


ニヤつく男が一枚の契約書を弘一の胸元へ叩きつける。



「ハンコ押せば五百万。押さないとこうだ」


ドラム缶を足で蹴り、こちらを試すような視線を投げる。


弘一は睨みつけたまま告げた。


「……三日後に返事をする」


「ふん、腰抜けが」


唾を地面に吐き捨て、彼らは車に乗り込んだ。


雪泥を巻き上げ、リンゴ園から立ち去っていく。泥は弘一のコートに容赦なくはね上がった。


――ピロリン!


「羞恥ポイント+30(人前で脅迫される)」


「羞恥ゲージ:30」


(……全然足りない)


背後から、祖父の弱々しい声が届く。


「弘一……ムチャするな……ワシらはもう十分やってきた……」


「違う」


弘一は言い切った。


「俺が……絶対に守る」


彼は内ポケットから琉璃の小切手を取り出しかけ、ふと手を止めた。


(……この金で、混乱を一時止められても、根本的には変わらない)


(だが……三千万あれば、奴らを一発で黙らせられる……)


大胆な一手が、弘一の脳裏をかすめた。


「じいちゃん、この辺に……競馬場ってある?」


翌朝――札幌競馬場。


弘一は震える手で額の汗を拭い、券売窓口を前に立ち尽くしていた。


財布に残る現金は、25万円。ここで外せば、もう後がない。


(システム……「5分先の未来視(競馬)」を交換!)


「交換:限定未来視(競馬/50ポイント)」


「羞恥ポイント不足。交換不可」


「くっ……!」


あと20ポイント足りない。悔しさを噛み殺す中、ふと目に入ったのは――


コスプレ撮影エリア。


そこでは観客たちが馬娘風のパネルと記念撮影をしていた。


弘一の目が据わる。


(……やるしかねぇ)


5分後、その場には“弘子”になった弘一がいた。


ピロリンクのふわふわドレスに白いニーハイソックス、金髪ウィッグにリボンカチューシャ。


今ここに、必死の覚悟で女装した三十路男が降臨したのだった。

「うわっ、オッサン気合入りすぎ!」


「これは拡散案件だな!」


カメラのフラッシュが連続し、SNSに投稿されるであろう未来が確定した。


恥ずかしさのあまり、弘一の顔は真っ赤に火照り、まるで茹で上がったタコのようだった。


――ピロリン!ピロリン!


「羞恥ポイント+25(公衆の前で女装)」


「羞恥ゲージ:55」


(よし……これで……!)


すぐさまトイレで着替え、能力を再度呼び出す。


その瞬間、脳裏に鮮やかなイメージが流れ込む。


【第六レース、ホッカイスターダムが最終コーナーで猛烈なラストスパート。1号馬を差し切ってゴールイン!】


彼は3号馬「ホッカイスターダム」に全額を賭け、静かに手を合わせるように見守る。


そして――


「来た! 来たぞっ!! “ホッカイスターダム”、奇跡の逆転勝利ィィィーーー!」


場内がどよめき、弘一の心臓が高鳴る。


手元の25万円は、あっという間に500万円へと化けた。


彼は勢いそのままに第七レースにも挑み、大穴の馬にも資金を配分した。


二時間後――


彼の手には、2500万円がぎっしりと詰まった旅行バックが握られていた。


(あと500万……!)


その瞬間、スマホが震えた。


表示された名前は――九条琉璃。


「楽しかった? 女装、似合ってたわ」


添付された写真には、弘子のあの姿が――


(う、嘘だろ……なんでバレてんだよ!?)


――ピロリン!


「羞恥ポイント+15(盗撮)」


「羞恥ゲージ:70」


歯ぎしりしながら返信を打とうとした瞬間、非通知の着信が鳴る。


「……弘一様ですね?」


受話器の向こうから、男の低く冷たい声がした。


「九条家の法務を担当している者です。お嬢様より一言、伝言を――」


「……お父上が派遣した掃除屋が、すでに北海道入りした」


氷のような一言が、耳に染み入った。


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