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第13話 逆転劇

札幌駅前。


街路を覆う雪は静かに白く積もり、吐息さえも凍りそうな朝。


弘一は駅前に立ち尽くしたまま、さきほどの伝言を反芻していた。


(……掃除屋か)


冗談だと笑い飛ばすワードが、バッグに詰まった2500万円の重みとともに、現実味を持ってのしかかってくる。


九条家の名が、ただの資産家の枠に収まらないことを、今さらながら痛感した。


弘一は祖父に電話をかけた。


「お金は用意できた。今から帰る。絶対に外へは出ないで」


通話を切ったあと、迷いながらも琉璃へ一通のメッセージを送る。


「忠告ありがとう。リンゴ園の件が済んだら、約束を果たすよ」


送信した直後、自分の言葉があまりにも意味深だったことに気づき、慌てて補足を打ち込む。


「もちろん、お金を返すことだよ」


だが、彼女から返ってきたのは――


「写真は保存済み。あなたの選択、楽しみにしてるわ」


添付されていたのは、弘子のどアップ写真だった。


弘一はスマホを握りしめたまま、雪の中で小さく呻いた。


リンゴ園に戻った頃には、あたりはすっかり黄昏に包まれていた。


室内に入り、旅行バッグをテーブルの上に置いた瞬間、祖父母の動きが止まった。


「こ、これは……!? まさか、全部……?」


「明日、奴らと話をつける。俺が終わらせる」


だがその矢先、祖父が激しく咳き込み、顔は真っ赤に火照っていた。


「昨日、水をかぶってブルドーザーの前に立ったからな……」


祖母が涙ながらに語る中、弘一は薬箱を開けた。


しかし、出てくるのは期限切れの薬ばかり。


(まずい……)


彼は、残された羞恥ポイントに最後の希望を託す。


「交換:軽度回復(50ポイント)」


掌から伝わるぬくもりが、祖父の胸に染み渡っていく。


呼吸が安定し、顔色にも少しずつ赤みが戻った。


「……なんだか、急に楽になったような気がするのう」


ほっとしたのも束の間、窓の外からエンジン音が響いた。


カーテンの隙間から覗くと、果樹園の外れに黒いスーツの男たちが三人。

無線機を片手に、何やら連絡を取っている様子。


(……早い)


琉璃に電話をかけるが、繋がらない。


(まさか、東京でも動きが――?)


翌朝。


果樹園の前に、高級車が並んだ。


黒塗りのベンツが、白雪の中で威圧感を放つ。


先頭の車から降り立ったのは、見るからにガラの悪そうな禿げ頭の男。


「聞いたぜ。金をかき集めたそうじゃねぇか。偽札じゃないだろうな?」


弘一は無言でバッグを開き、束を突きつけた。


「三千万、ここにある。条件はひとつ――この土地に二度と手を出すな」


男は鼻で笑いながら契約書を睨みつけ、やがて顔を歪ませて呟いた。


「バカが……金ですべて解決できると思うなよ」


指を鳴らす。


その合図とともに、黒服たちが一斉に動き出し、弘一を取り囲む。


「金はもらう、土地ももらう。ついでに……お前の命にも値がついてる。二倍だ」


(やはり……九条の父が動いたか)


その瞬間――

空気が震えるような轟音が上空から降ってきた。


見上げると、ヘリコプター。


機体の側面には、はっきりと刻まれたロゴ――「九条グループ」


雪煙を巻き上げながら、ヘリはリンゴ園の隣の空地にゆっくりと着地する。


ドアが開き、現れたのは、純白のファーコートと赤いハイヒールをまとった女。

雪の中でも一分の隙もない、堂々たるその姿。


九条琉璃。


そのサングラス越しの視線が、場の空気を凍らせる。


「遅れてごめんなさい」


「ぶ、部長……!?」


一歩、また一歩と男たちの前へと歩を進め、サングラスを外した。


「まさか、忘れたとは言わせないわよ?」


「九条……お、お嬢様……」


「この果樹園は、九条グループの保護下にある」


彼女は男の胸元に名刺を滑り込ませ、爪先で喉元をなぞるように触れた。


「依頼主に伝えて。次に手を出したら――海外口座の件、国税に通報するわ」


その一言で、男の顔色が真っ青に変わる。


仲間を引き連れ、逃げるように去っていった。




騒然とした空気の中、弘一はようやく現実に意識を戻す。


「東京の件は片付いたから、ついでに来たの」


琉璃は足元の現金に目を落とす。


「……競馬、当たったのね?」


「ああ……でも、なんで知って――」


彼女は無言でスマートフォンを見せた。


画面には――


弘子姿で馬券を握りしめた姿。


「競馬の掲示板でトレンド1位よ。“推し馬のために女装した勇者”だって」


――ピロリン!ピロリン!


「羞恥ポイント+50(社会的に終了)」


「羞恥ゲージ:70」


弘一の視界がかすむ。


(……まともな人生、終わった……)


すっと耳元に顔を寄せ、琉璃が低く囁いた。


「東京に戻ったら――契約、履行してもらうわ」


紅い唇が、彼の耳たぶをかすめた。


雪風がヘリの周囲を巻き上げる。


そして、その中で弘一の腕に残されたのは――


一通の封筒。金の箔押しが施された重厚な紙には、こう記されていた。


「九条グループ 北海道リゾート開発事業 提携意向書」


(果樹園の危機は……去った)


(けれど、俺の本当の試練は……これからだ)

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