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第14話 恋敵、登場

羽田空港の到着ロビー。


人の波をかき分けながら、弘一はキャリーバッグを引いていた。



長い出張の疲れもまだ抜けぬまま、ポケットのスマホが震える。



──LINE、未読10件。



「弘一兄ちゃん!おかえり~!(ノ◕ヮ◕)ノ*:・゚✧」



「明日ね、学校でディベート大会があるんだ。応援に来てくれる?」



「それにね、宇佐美先輩も出るの!(´ω`)」



最後のメッセージには、写真が添えられていた。



制服姿の雪菜と、モデルのように整った顔立ちの青年が、親しげに並んでいる。



男の指先が、雪菜の制服の襟元を優しく直していた。



弘一の眉が、ぴくりと跳ねた。



(宇佐美……? あの劇でロミオを演じた大学生か……)



写真を拡大する。名札の文字が視界に飛び込んできた。




──「法学部四年 宇佐美 翔」



血の気が一気に引いていく。



(こいつ……やっぱりアイツか!!)



──ピロリン。



【羞恥ポイント+20(嫉妬)】



【羞恥ゲージ:90】



深呼吸。



苛立ちを抑え、弘一は冷静にメッセージを打った。



「何時?応援に行く」



返信は一瞬だった。



「午後2時!法学部の講堂だよ!宇佐美先輩も、弘一兄ちゃんに会いたいって♪」



(ほぅ……なるほど、そう来るか)



宣戦布告だな──そう心の中で呟きながら、弘一はシステム画面を開いた。



「能力交換:知恵の加護(3時間/100pt)」



──ピピピン!



【羞恥ポイントが不足しています】



(クソ、あと10ポイント足りねぇ……)



視線をめぐらせた先、ロビーのステージでアイドルグループの握手会が開催されているのが目に入った。



(……やるしかねぇ!)



──5分後。



応援グッズを装着し、弘一は人混みの中で叫んでいた。




「女王様!この足で踏みつけてくださいッッ!!」




そそくさに警備員に引き離された弘一は、周囲の視線と集中砲火のようなシャッター音を浴びる。



──ピロリン!



【羞恥ポイント+30(公衆の面前での変態発言)】



【羞恥ゲージ:120】



(これで、準備は整った)



──翌日午後。



東京大学法学部・講堂。



弘一はスーツに身を包み、堂々と現れた。



遠くから駆け寄ってくる雪菜の笑顔が、無防備すぎて眩しかった。



「弘一兄ちゃん、来てくれてありがとうっ!」



深い藍色の制服、ポニーテール、凛とした瞳。




昨日までの妹とは、どこか違って見えた。



「はじめまして、弘一さんですね?」



その声が割り込んだ。



振り返ると、そこには宇佐美翔。



長身、整った顔立ち、堂々たる佇まい──そして不敵な笑み。



「雪菜さんから、よくお話伺ってます。“まるで父親のような存在”だって」



(……父親だと……?)



怒りがこみ上げるも、弘一は微笑んだ。



「いやいや、妹みたいなもんですよ」



「素敵な関係ですね」



そう言って、宇佐美は自然に雪菜の肩を抱く。



「うちの両親も、彼女には早く嫁いできてほしいって言ってるんです──」



「せ、先輩っ!」



顔を真っ赤にした雪菜が割り込む。



「も、もう時間です!準備しないとっ!」



去り際、雪菜は振り返って手を振った。



「弘一兄ちゃん、応援しててねっ!」



(ああ、見せてやるさ。お前の“ロミオ”の鼻を折る瞬間をな──)



弘一は再びシステムを起動。



「能力交換:知恵の加護(3時間/100pt)」



【羞恥ゲージ:20】



先人の言葉や文献が流れ込み、目の前のポスターが目に留まる。



──『AIに法的人格は認められるか?』



(ふん、タイムリーだな。つい先週、九条課長とこの件を論じたばかりだ)



──そして、開幕。



宇佐美は否定側の主張者として、完璧な話術で場を支配する。



対する肯定側──雪菜は、質問に言葉を詰まらせ、苦戦していた。



観客席では、教授たちが眉をひそめる。



質問タイム。



弘一が立ち上がった。



「EUが提唱する電子人格を巡る第17条の規定について、否定側の見解を伺いたい」



会場がざわつき、翔の目が泳いだ。



「ええと……17条については……」



「高度AIの刑事責任能力を否定しています」



立ち上がるのとほぼ同時に、弘一は滑らかに主張を紡いだ。



「つまり、否定側の“AIであれば法的人格は一切認めるべきではない”という主張と、明確に矛盾しているのです」



教授陣が顔を見合わせる。



「さらに、2018年東京地裁判決は、AIそのものではなく、開発者責任を問うものです」



「一つまででお願いします!」


司会者が慌てて止める。



──結果、雪菜のチームは逆転勝利を収めた。



「弘一さん、もしかして……弁護士か何かですか?」



「いえ。ただの会社員ですよ。たまたま、少し読んだだけです」



翔は笑みを浮かべたが、その引きつった口元は悔しさを隠しきれずにいた。



「……でも、若い才能に大人は静かに道を譲るべきです」



──ピロリン!



【羞恥ポイント+50(侮辱)】



【羞恥ゲージ:70】



「やめてください、先輩!」



雪菜が飛び込んでくる。



「弘一兄ちゃんを侮辱する人がいる部活なんて、私、もういたくない!」



気まずくなった翔は、そそくさと去っていく。



「……ごめんね、弘一兄ちゃん」



雪菜のかすかに震えた声が耳元で囁かれる。



無言で彼女の頬に手を添え、優しく撫でる。



「……助けてくれて、ありがとう」



雪菜は目元に涙を浮かべながらも微笑み、



そっと背伸びして、弘一の頬にそっと唇を寄せた。



「……ご褒美をあげるね♪」



──ピロリン!



【羞恥ポイント+30(公衆の場でのキス)】



【羞恥ゲージ:100】



頬の熱が、引かない。



(……やばい。これ、本気かもしれない)



その時、スマホが震えた。



「楽しかった? 今夜の約束、忘れてないわよね」



琉璃からのメッセージ。



弘一の笑みが、凍りついた。



(……いよいよ、波乱の幕が上がる)


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