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第19話 一攫千金

腫れあがった右頬を押さえながら、弘一は東京国際ジュエリーショーの入口に立ち尽くしていた。


(……あの平手打ち、マジで殺す気だったんじゃ……)


成人式から三日が経った。


果樹園の権利証は凍結され、九条家はあからさまに「東京で生きられなくしてやる」と言いふらしている。


雪菜は本邸に軟禁され、弘一には二十通以上の不採用通知が突きつけられた。


そんなとき、スマホが震えた。


黒崎からのメッセージ。


「今回は特別にミャンマー産原石のオークションが開催される。場所は池袋の東武ホテル。今夜8時。現金を忘れるな」


リュックの中にある札束を確認する。


二百万円――あの格闘場、最後の試合でもらった血と汗の報酬だ。


(……賭けるしか、ないか)



会場の空気は異様だった。


まるで違法カジノ。


薄暗い照明の下、カットされていない翡翠の原石が並べられ、商人たちが懐中電灯で覗き込んでいる。


「ラスト一品。モシシャ鉱区の原石、スタート価格150万!」


灰色の石に目を凝らし、《透視》が発動される。


瞬間、石の皮が薄膜のように透けて見え、その奥には澄んだ碧緑の輝き――完璧な翡翠が見えた。


透明度は充分、ヒビもなし。三千万は下らないだろう。


「160万!」

弘一は迷いなく札を上げた。


「200万!」

金縁眼鏡の男が即座にかぶせてくる。


「210万……」

歯を食いしばりながら、弘一は声を絞り出す。


「250万」

鼻で笑った金縁が言い捨てた。


「貧乏人が賭石か?」


――ピロリン!


《恥辱ポイント+20(侮辱)》


《羞恥ゲージ:520》


拳が震える。

だが、次の瞬間――


「300万!」

ハッキリとした声が場内を震わせた。


少しの沈黙の後、会場にざわめきが走る。


明らかに見た目以上の額――狂気ともいえる賭けだった。


「狂ってるな……」

金縁は肩をすくめ、勝負を降りた。


落札のハンマー音が響く。


背中は汗でぐっしょりだ。


カードを切る手は震えていた。


原石を胸に抱き、切削ブースへと向かった。


――砂輪が火花を散らす。


その刹那、周りの目が殺到した。


「出た!緑が出たぞ!」


「まさか……高品質の陽緑翡翠!?」


「この透明度……五千万以上の価値だ!」


金縁眼鏡の顔から血の気が引いていく。


弘一は切り出された翡翠を両手で抱え、歓声の中、堂々と出口へ向かった。


だが、そこに立ちはだかったのは、屈強な男たち三人。


「うちの会長が話しをしたい、来てもらおう」


通されたのは、ホテル最上階の豪奢な個室だった。


静かに茶を淹れる老人の指には、翡翠の指輪。


名刺が差し出される。


《三菱ジュエリー 取締役会長 藤原健一》


(……九条家のライバル!?)


「五千万でその翡翠を買いたい。あと、うちの鑑石顧問にならないか?月給二百万でどうだ?」


弘一の喉がごくりと鳴った。


「……なぜ、俺を?」


「九条の連中に一泡吹かせる若造は面白ぇ。ワシは好きじゃのう」


藤原の目が細まり、にやりと笑う。


一瞬で理解した。これは――九条家を狙って仕掛ける商戦の担い手を求めている。


(……だが、今の俺に金は必要だ)


そのとき、スマホが光る。


雪菜からの位置情報。そして一言だけのメッセージ。


《助けて!》


「すみません、急用が入りました!」


椅子を蹴るように立ち上がり、藤原に頭を下げる。


「腹が決まったら、顔出しな」


藤原は深く茶を啜りながら、意味深な笑みを浮かべた。


タクシーの中。


地図アプリを何度も更新する。


雪菜の位置は動いていたが、やがて――


「……九条グループ本社ビル!?」


心臓が跳ね上がる。すぐに能力を起動する。


《能力交換:隠身(30分/300点)》


《羞恥ゲージ:220》


身体がゆっくりと透明になっていく感覚――


(どんな危険が待ち受けていようと……雪菜を、必ず助け出す!)


その瞳に、恐れはなかった。あるのは――


怒りと、誓い。



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