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第20話 虎穴

夕陽に染まる九条グループ本社ビルのガラス壁面は、どこまでも冷たく、威圧的に輝いていた。


弘一は《隠身》スキルを発動し、人目を避けて社員用エレベーターに滑り込む。


指が迷わず最上階のボタンを押した。



(雪菜が……なぜここに?)



扉が開いた瞬間、視界に飛び込んできた光景に、弘一が凍りつく。



雪菜が、会議室の椅子にきつく縛りつけられていた。


口には無造作にテープが貼られ、抵抗する術もない。


九条家の当主は杖をつきながら近づき、無表情でその顎を持ち上げる。


「最後にもう一度聞こう。あの男が、琉璃の弱みを握っているのか?」


雪菜は首を強く横に振った。


その反抗に、当主の平手が無慈悲に頬を打つ。


――ブチッ、と何かが切れた音が、弘一の胸の内に響く。


握った拳には爪が食い込み、血の匂いが漂った。


(……システム、今すぐ《戦闘本能》を交換しろ)


《交換完了:格闘マスター(30分/200ポイント)》


《羞恥ゲージ:20》


四肢に力が満ちた瞬間、弘一は傍にあった花瓶を手に取り、監視カメラ目がけて振りかぶった。


ガシャアァンッ!



「何者だ?!」


警備員たちが慌てて銃を構える。


だが、すでに弘一は《隠身》のまま当主の背後に回り込んでいた。


鋭く放った手刀が首筋を打ち、老人の身体が崩れ落ちる。


「旦那様っ!」


騒然とする警備員たちが次々に引き金を引くが、弾丸は残像を貫き、壁に飾られた油絵を穴だらけにするだけだった。


瞬間移動のように、弘一は雪菜の前に現れた。


手早くテープを剥がし、顔を覗き込む。


「大丈夫か?」


「弘一兄ちゃん?!」


涙で滲む瞳が大きく見開かれる。

「なんでここに……」


「質問は後だ。しっかりつかまれ!」


弘一は雪菜を背負い、怒号と銃声が飛び交う廊下を駆け出す。


だが、その先に立ちはだかる影――九条琉璃だった。


「部長、退いてください!」


緊迫する空気の中、琉璃は無言でセキュリティカードを取り出し、ドアロックにかざす。


カチリと音を立てて通路が開く。


「早く行きなさい」


一瞬だけ目を見合わせる。


弘一は頷き、迷わず駆け抜けた。


背後で琉璃の声が響く。


「使えない連中ね……年寄りと子ども一人、抑えられないとは」


――


安全ハウスの静寂の中。


弘一は雪菜の手首に残る縛り痕を、丁寧に包帯で隠していく。


「どうして捕まったんだ?」


雪菜は震える指でスマホを操作し、アルバムを開いた。


そこには、彼女の姉――九条琉璃と弘一が並んで写る、数々の親密な写真があった。


「お祖父様が気づいちゃったの……お姉ちゃんが、弘一兄ちゃんのこと……好きだって」


「それで私を人質にして、政略結婚を迫ろうとしたの」


弘一の思考が止まる。


(……あの時、九条琉璃が俺たちを通したのは……まさか)


その瞬間、スマホに新着メッセージが届く。


――藤原健一。


「考えはまとまったか? 九条家のスキャンダルなら、まだ山ほどあるぞ」


添付されたファイルには、九条家当主の賄賂の記録がはっきりと映し出されていた。


雪菜はそっと弘一の手を取り、その震えを静かに包み込んだ。


「弘一兄ちゃんがどんな決断をしても……」


涙に潤んだ瞳で、まっすぐに彼を見つめる。


「私は、ついていくよ」


遠くでサイレンの音が鳴っていた。


警告のように、それとも夜明けの予兆か。


弘一は微笑んだ。

「……いいや、今回は俺の番だ。君たちを、守るのは」


スマホの画面に、指が静かに触れる。


送信ボタンを押す前に、一言だけ呟いた。


「……全部、終わらせてやるよ」


《条件変更:九条姉妹の無事な離脱を保証してほしい》


――【最終決戦編・つづく】


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