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#07

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 下生たち五人が寝起きするいつもの部屋に戻ると、ほどなくしてバラハンが入ってきた。


 手慣れた様子で結界を閉じ、外部との接触を遮断してから彼女は口を開いた。


「おまえたちに最初の務めが下された。心して聞くように」


 いつもの嗄れ声で言いながら、手の中の紙葉を開いて読み始める。


「これよりおまえたちはここより北にあるオレインコ市に赴き、別命あるまで待機することになる」


 バラハンはそこで言葉を切り、じっと跪いたまま頭を垂れている五人を見た。


 言葉を発する者はなかった。


「おまえたちはそれぞれ、市井の民として日々を送ることになる。これより与える俗名を名乗れ」


 言いながら、バラハンはそれぞれに名を記した短冊を渡した。そこに記された名を目にしたとたん、紙葉でできた短冊はぱっと燃え上がり、灰も残さず消え去った。


「ではボルヽヽ。おまえはフラハヽヽヽとともに夫婦として街に入り、南の市場で職を求めよ」


 ホンロンは記憶の混乱を感じていた。


 ボルはカルボルの偽りの名だというのに、なぜだか、そちらの方が本来の名前に思えたからである。それはオルウラハにしてもそうだった。


 なにより、ホンロン自身、ホンという仮の名にひどく懐かしさを覚えていた。


「オリオは地元の曲技団に入れ。ちょうど軽業師に欠員が出るはずだ」


 ケルスオが無言で頭を垂れる。


「リカンは公証人役場だ。もともと人手が足りない。おまえの知識と手際なら、すぐに受け入れられよう」


「かしこまりました」


 リカンバに向かってうなずき返すと、バラハンは四人に告げた。


「時は待たぬ、すぐに出立せよ。それぞれにどう振る舞うべきかは心得ているだろう。いまこそ学んだことを実践するべき時だ」


 カルボルたちは音もなく立ち上がり、それぞれに荷物をつかんでそのまま部屋を出ていった。


「さて」


 バラハンはホンロンに向き直った。


「おまえには他の者とは異なる役目が与えられる」


「は、いかなる御用も果たす覚悟です」


 さらに低く頭を下げるホンロンに、バラハンは澄んだ声で笑った。


 素顔のバラハンが笑みを浮かべていた。


 改めて見れば、少女のような面立ちだった。導師である以上、相応の経験を積んでいるはずだったが、そうした色はその姿のどこにも見えなかった。


 バラハンは外衣の合わせ目から手を突き出すと、ばっと左右に開いてみせた。


 なにひとつ、身に着けていない。


 目を見開いたホンロンは、思わず顔を伏せた。


「見よ」


 師の命令は絶対だった。ホンロンはばつの悪い思いをしながら、おそるおそる顔を上げた。


 ほっそりとした色白の身体に、左の肩口から右の腰あたりにかけて、浅紅色の薄く細い傷痕が弧を描いている。


 バラハンは、指先でするりと自分の疵をなぞりながら片膝をつき、左手に持った短剣をホンロンの目の前に置いた。


「それを持ち、タイガンの館へ向かえ。そうして、かつて受けたウオル・タイガンの誘いを受けると申し出よ」


 そう言ってから、バラハンはホンロンの頭を両手で包み込んだ。


 ぷん、と柑橘の香りが漂う。


「どうした、おまえらしくもない。日頃、わたしを出し抜こうと狙っていることは知っているぞ」


 そう言ってから、彼女は驚いたように自分の身体を見渡した。


「ああ、そうか。わたしが欲しいか?」


 ホンロンは顔を上向けられたまま、小さく目を伏せた。


「おまえに切りつけられたあの時より、おまえの中の欲望には気づいていたぞ。わたしを前にして、畏れを抱くことなく、ただ男としての本能をむき出しにした人間はおまえだけだ」


 ホンロンの頬に触れた手がするりと滑る。


「恐怖をもってしか迎えられた記憶のないわたしが、それにどれほど心震わせられたか。わかるか? わたしもまたおまえを求めている」


 最後の言葉には、それまで感じられた面白がるような調子は失せていた。


「恐れながら」


 ホンロンは凄まじい精神力を動員して、ようやく言葉を発することができた。


「ならば、それはわたしめが役目を果たし遂せてから。最上の褒美としてお下しいただけませんでしょうか」


 バラハンの顔が無表情に変わり、外衣をかき寄せながらさっと身を起こす。


 背を伸ばして立ち上がった時には、すでにその顔は仮面の向こうに隠れていた。


「考えておこう。では、役目を果たせ」


 ホンロンは動悸を抑えながらゆっくりと立ち上がり、寝台に引っ掛けてあった荷物をつかんで戸口へと向かった。


「楽しみにしているぞ」


 嗄れ声でそう告げるバラハンの姿は、どこか小さく見えた。

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