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ホンロンは混乱していた。
バラハンの言葉を額面通りに受け取るなら、自分との関係を強要する類のものだった。
多少持って回った物言いではあったものの。
それ自体、別に珍しいことではない。
下生は、けっして上の人間に逆らうことができなかった。
どれほど強い反抗心を抱いても、相手を前にするだけで粉々に打ち砕かれてしまう。
それ以下の人間のいない下生たちは、だから、完全なる下僕となる理屈だった。
下生に対して、ことあるごとに自分が上の立場にあることを思い出させようとしてくる人間が多いのにも納得がいく。
ことに導師たちは、支配と屈服を愉しんでいるふしがあった。
もちろん、バラハンも同じ側の人間のはずだった。
苦痛と恐怖と絶望に満ちた修練の数々を、一片の感情の揺らぎも見せず、ただ息を吐くように命じ続けた人間である。
そもそも、人間的な感情があるのかどうかさえ疑わしい。
そう思っていた。
だが、あの時、バラハンから聞こえたものは、期待と怯え。かつて感じたことのない、感情の揺らぎだった。
他者の存在しない結界の中である。
それはごくかすかな響きだったが、聞き違えようのないものでもあった。
先刻のその瞬間だけなら、バラハンは凍える小動物のようにか弱く、いまにも消え入りそうな、そう、哀れさすら感じさせる存在だった。
「そんなはずがあるか」
これは間違いなく、手の込んだ陰謀かなにかの一環に違いなかった。
おそらくは、今回の務めの要となりうるホンロンに、なんらかの枷をかけるため、か。
あり得そうなことではあった。
なにしろ、フラバル騎士団の雄、ウオル・タイガンのもとに直接潜入するのだ。
万が一の保険として、というところだろうか。
そもそも、ホンロンは捨て駒である。考えるまでもない。
タイガンとの接触を命じられてはいたが、ホンロンはその詳細について一切知らされていなかった。一般に知られている程度のことは頭に入っているが。
そこにどんな危険があるのか、まったく教えられてはいない。
いずれにせよ、いまのホンロンには荷が勝つ相手であることは間違いなかった。
と、すれば、あえてホンロンを差し向け、ことが済んだと油断した隙をついて、本命の術師かなにかが目的を果たすのだろう。
しかし、捨て駒に保険をかけるとは。
追い詰められたホンロンが、命と引き換えに寝返るとでも考えているのだろうか。
「見くびられたもんだな」
ホンロンはもの思わしげにひとつため息をつくと、目の前に開いた〈門〉の中へと踏み込んでいった。
空間をつなぐ門をくぐると、そこは見知らぬ草原のただなかだった。
頃は明け方だったが、まだ空に星が輝いている。
星の位置から現在の位置を割り出すと、ホンロンは街道のある方向に進み始めた。
街道はほんの半
オレインコの都まで二十リーほどの距離だった。歩きで三日というところか。
ホン――ホンロンに与えられた俗名だった――の故郷アダカ郷は、この道を逆にたどって半月ほどの位置になる。
ホンロンは、アダカ郷のあるはずの方向を振り返った。
故郷どころか、一度も目にしたことのない土地であるにもかかわらず、強い郷愁を感じていることを訝しみながら。