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第10話 殿下より呼び止められるました2

「おはようございます。フィー皇子様、カレン皇女様」

すぐに裾を持ち、丁寧に挨拶した。

いつ来たのだろう。まるで風のように、気配もなく現れたお2人の姿に、私は小さく息をのんだ。

「おはようございます、スティング様」

「おはようございます、スティング様」

その声は穏やかで礼儀正しいものだったが、目だけは鋭く光っていた。瞳の奥に冷たい怒りを宿したまま、微笑をたたえているのが恐ろしかった。

2人とも、明らかに怒っている。空気が一気に緊迫した。

「こ、これはお2人揃ってどうされました?」

殿下は急な登場に目を見開き、わざとらしい愛想笑いを浮かべている。声が裏返っていた。

「この国の王子は、私達に挨拶もなし? ああ、いらないわ。言われてする程度、という本音なのでしょう? ありがとう、知れて良かったわ」

殿下が慌てて口を開こうとした瞬間、その動きを遮るようにカレンがにっこりと微笑んだ。

だが、その笑みはあまりにも鋭く、剣のような冷気が周囲を刺す。

空気が凍った。

殿下の顔色がみるみるうちに青ざめ、俯いて視線をさまよわせる。助けを求めるように周囲を見回した。

だが、この場で彼を助けられる者などいない。帝国の皇族の前に立てる人間など、そうはいないのだ。

王妃派の生徒達を遠巻きに見つけたのか、助けを呼びたい気持ちがあからさまに表情に出ていたが、手招きすらできずにいる。

なんだか、虚しくなった。

私は今まで、どんな時でも殿下をかばい、助けてきた。それが私の役目であり、誇りだった。

けれど、今この瞬間、私は殿下の視線の外にいた。

私を信じず、他者に助けを求めている姿に、胸の奥が冷たくなる。

私の想いは、何一つ届いていなかったのね。

「もう一度聞くわ、これは一体何事? お分かりのようにこの場は、多数の生徒が行き交う正門。そこで、男3人が女1人に詰め寄るとは、どういう事ですか? それも、相手は公爵令嬢。答えの内容によっては、許されない事よ!」

カレンの声音は、氷のように冷たかった。けれど、その静けさの裏には、爆発寸前の激しい怒りが隠されているのがわかる。まるで、薄氷の下を流れる激流のように。

殿下が視線を逸らしたことに、カレンの怒りはさらに膨れ上がった。彼女は音もなく私の隣に立ち、その存在感だけで空間を圧倒していた。

その立ち姿はまさしく皇女。

誰もが頭を垂れるべき存在。まばゆい朝日に照らされた彼女の銀髪が風に揺れ、その威厳は疑いようのない帝国の血筋そのも

そのものだった。

「こ、この者が嘘をついていたので、問い詰めていたのです、皇女様」

殿下の声はかすれ、震えていた。目の奥には恐怖が浮かんでいる。こんな殿下の姿を見るのは初めてだった。

情けない、と思う反面、不思議と、

この姿を見てみたかった、

という卑しい感情が芽生える自分に少し狼狽える。

「この者、ですって? 公爵令嬢であり、ご自分の婚約者をそのように呼ぶのですか? 私はそこも問い詰めたいわ。いつもそう呼んでいるの? それとも、後ろにご友人がいるから、あえて呼ぶの? 配慮のない呼び方をするようにこの国では教えられているの? それも、ここでは誰が聞いているかわからない現状で・・・ああ、ごめんなさい。そのような事も考えられない程度の方でしたね。また、あなたの事を知れたわ」

その言葉はまるで刃だった。笑みをたたえながらも、彼女の瞳には凍てつくような怒気が宿っている。

威圧とは、これほどまでに人を黙らせるのかと痛感した。

「は・・・いえ、スティング嬢、です」

小さく、かすれた声。

久しぶりに「嬢」と呼ばれ、胸の奥が少しだけ疼く。

こんな、誰かに言われないと言えない間柄になってしまったのね。

「はあぁ。挨拶と一緒でこちらから言われなきゃ出来ないの? フィー、メモしといてね。この国の王族の教育を見直すべきだわ」

「勿論だ。特にその王子のな」

容赦のない言葉に、殿下の顔がぐしゃりと歪んだ。フィーの視線に耐えきれず、目を伏せる。

「ま、待ってください!」

「それで、スティング様がどのような嘘をついたのかしら?」

カレンは殿下の言葉を完全に無視し、低く冷たい声音で睨みつけた。

その目には、一切の情けも、妥協もない。皇女としての誇りと怒りに満ちた、静かな炎が宿っていた。




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