初のダンジョン行商は大成功だった。
誠が持っていた現金30万円とミスリル銀30kgを手に入れた。
お金の方はユミに渡すと、すぐにスマホの通信代を支払ってくれたので使えるようになった。残りは家賃の滞納分に使う予定なんだけど、原則として一括返済をしなければならないため、まだ手元に残っている。
8月上旬なので時間はあるけど、ゆっくりとはしていられない。
明日もまたダンジョンに潜る……ことはしなかった。
高純度のミスリル銀鉱石を使った錬成をしたくて、体がうずいている。金稼ぎに時間を使ってはいられない!
部屋を埋めている錬成物を隅に寄せてスペースを確保すると、水の入った樽を置いた。
「マスターは何をするつもりなんですか?」
「錬金術さ!」
「ダンジョン行商は……」
「しばらくお休みだね」
半目で見ているユミを放置して、ウキウキしながらスキルを使う。
「錬金術スキル起動」
キーワードを唱えると両手が光って、目の前に本が浮かぶ。意志だけで操作してページをめくり「純水」で止めると、床に手をつけた。
樽を中心として魔法陣が浮かび上がって、魔力が吸われていく。
しばらくしてスキルが止まったので中身を確認する。余分な成分を抜かれた【純水】が出来ていた。さらに手を近づけて魔力を注いでいくと、【エーテル水】へと変わっていく。
第一段階目は完成だ。
測定器を入れればメモリは最大値を示している。うん。いつも通り完璧だ。
続いて【エーテル水】の中にミスリル銀鉱石を入れていく。
これで二段階目の準備が終わったので、またスキルを発動させると樽には魔法陣、俺の目の前に本が出現した。
だが今回は作ったことがないためレシピは存在しない。
空白のページまでめくる。
ここに素材の分量を書き込み、錬成が成功するとレシピは登録されるのだ。
過去に何度も錬成実験を失敗し、素材を喪失した経験から、作りたい物の適切な分量はわかっている。今度こそ大丈夫なはずだ。
「ミスリル銀鉱石20kg、エーテル水10L、注ぐ魔力量は80%」
レシピの一部を口に出すと本に詳細が記入される。ミスリル銀鉱石の純度は99%、エーテル水は純度100%だった。
この素材なら成功する。
確信を得た。
「新規レシピ作成」
キーワードを唱えると、魔法陣に多大な魔力が吸われていく。
一気に減ってしまい目眩がするが、気を失ってしまえば失敗だ。ぐっと下半身に力を入れ、唇を噛んで意識を保っていると、ユミが俺の体を支えてくれた。
それだけで気合いが入る。
魔法陣が満足するまで魔力を与え続けていると、樽の中が光って変化が始まった。
「何を作っているのですか?」
「ミスリル水銀だ」
高純度のミスリル銀鉱石がなければ、作れないレアな物だ。
液体金属の一種で、魔力を注ぐと硬度が変わる特性を持っている。今回はそれを作りたかったのだ。
注いだ魔力が暴走しそうだったので、スキルを経由してコントロールする。集中力が必要な作業で、額から汗が流れて頭が痛くなってきた。
それでも我慢してスキルを使い続けていると、樽の中の光が消えて錬成は終わった。
「疲れたよーー!」
仰向けに倒れた。
しばらくは動きたくない。
「部屋の中から、ゴーレム核を探してくれない?」
「お任せください」
店で錬成した物の山を漁りだした。
なかなか見つからないようで、調査済みのエリアが増えていく。しばらく様子を見守っていたが、体内の魔力が枯渇した影響で眠くなってしまった。
自然と
* * *
目が覚めたらベッドの上にいた。いつの間にか寝巻き姿になっている。ユミが着替えさせてくれたのだろう。
壁に掛けてある時計を見ると、ダンジョン探索をした翌日になっていた。
枕元に置いていたスマホがブルブルと震えたので、何事かとディスプレイを確認すると、数十の通知が届いていた。滞納分を支払ったから、通信が出来るようになったみたいだ。
いろいろ連絡がきているけど、確認が面倒なのでスマホをぽいっと捨てる。
「ゴーレム核は見つかった?」
「はい、マスター。樽の横に置いておきました」
一瞬だけ空腹を覚えたけど、準備が終わっている光景を見たらすぐに忘れてしまった。
顔も洗わず、ゴーレムコアをミスリル水銀の中に入れる。
「錬金術スキル起動」
キーワードを唱えると両手が光って、目の前に本が浮かぶ。
今回も空白のページを表示させた。
「ミスリル水銀45L、ゴーレム核1個、注ぐ魔力量は50%、半分は俺、残りはユミ」
レシピの詳細がページに記載されたので、近くで見守っているユミの手を握って、錬成を始める。
「新規レシピ作成」
魔法陣の中にあるミスリル水銀が光る。
最後の錬成は、あまり魔力を使わないので目眩はしなかった。コントロールも容易だ。
ユミは心配そうに俺を見ていたが、トラブルはなく無事に錬成を終える。
本にレシピが残っているので成功だ。ついに完成した。
樽の中から液体金属のミスリル水銀が出てきた。スライムのように動いて俺の足元にまで来る。
「マスター、これはゴーレムですか?」
「うん。ミスリル水銀のスライム型ゴーレム、ミスラムだ」
「素敵な名前ですね」
「そうだろ! 1年ぐらい考えて作った名前だから、自信ありだ!」
高純度のミスリル銀鉱石を手に入れたら、いつか作ろうと思っていたのだ。
借金返済を後回しにしてでも作って良かったよ。
「二人の魔力を注いで錬成したから、俺だけじゃなくユミの命令も聞くぞ」
「マスターと同時に命令した場合はどうなります?」
「後にした方が上書きされる。ミスラムの使用はユミに任せるから、使い方を覚えておくんだ」
「わかりました。彼女とも仲良くなりますね」
俺を的確にサポートしてくれるユミだが、物理攻撃ができず攻撃力は低いという欠点を持っている。
また接近されると非常に弱い。その点をミスラムが補ってくれるはずだ。