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第17話 (多恵視点)愛弟子の成長

 座布団に座っている愛弟子――裕真は、一緒に住んでいたときと変わらず、顔の作りは良いのにどこかぼけーっとした雰囲気を出している。人によっては、それだけ侮ることもあるのだが、誤りである。


 錬金術の腕は、師匠のわしを超えている。


 その証拠が裕真の隣に座っている人工精霊だ。


 精霊石と呼ばれる非常に珍しい素材が必要な上に、迷路のように複雑な回路に膨大な魔力を注ぎ込まなければいけないため、第三世代でも選ばれた人間しかエーテル精霊石へと錬成できない。


 その上、個人が持つ魔力との相性もあるため、全ての条件を満たしても錬成に失敗することも多く、 世界を見ても成功例はあるか、ないかといった難易度だ。


 また倫理的にも問題が一つある。


 世間には知られていないが、精霊を現世に留めるくさびとして、新鮮な死体が必要なのだ。


 錬金術に目がないからといって人を殺すことはないだろうが、愛弟子の裕真は借金をして破滅寸前まで突き進む倫理観が壊れた男だ。


 事故現場から持ち逃げするぐらいのことはするじゃろう。


「人工精霊ねぇ……知晴の小僧は知っておるのか?」


 客間で座っている裕真に問うてみた。


「うん。教えているよ」


 わしの一番弟子で、渋谷の支部長まで上り詰めた知晴が知っているなら、錬金術ギルドには自然発生して肉体を手に入れた精霊として登録し、誤魔化していることだろう。死体についても何らかの手を打っている可能性はある。


 あやつには、裕真の桁違いな有能さと狂気に気づかれないよう、指示を出しておったからな。


「それならいい。で、相談とはなんだい」

「ばーちゃんは、俺が店を追い出されたことは知っている?」

「うむ」


 上級回復ポーションを作ったらエリクサーもどきを作ってしまう男だ。


 この事実が知れ渡れば裕真の自由はなくなるため、ぼけーっとした男に代わって、わしや知晴の小僧が情報操作をしている。


 店から追い出されたのも、錬金術ギルドから距離を取らせるためにおこなった。


 滞納しておったから、建前を作る必要もなく楽な仕事じゃったな。


「なら話は早い! 実は素材保管施設がなくて困っているんだ。ばーちゃんの借りられないかな」


 気温や湿度などを管理する設備は作るだけで数千万円かかる上に、維持費も高い。特に電気代が跳ね上がるので、家賃すら滞納する裕真は借りるしかないのはわかる。


 だが、貸して良いのか少し悩む。


 他人の悪意に鈍感な裕真が錬金術師を続けておれば、いつずれ真の実力がバレて搾取されかねない。愛弟子にそんな経験はさせられん。


 今みたいに細々と錬金術をしていた方が、長い目で見て幸せなのではないのだろうか。


 わしがそんな考えをめぐらせていると、裕真は頭を下げた。


「ばーちゃんお願い!」


 昔から才能があって、わしにも遠慮なく甘えてくるところが可愛かった。


 それは今も変わっていない。


 こうやってお願いされると弱いのだ。


 難しいことを考えるのは止めじゃな。


 知晴の小僧に頑張らせれば、施設ぐらい貸しても問題にはならんか。


「可愛い愛弟子のおねがいじゃあ、断れんね。保管施設ぐらいなんとかしてやる」

「やったー!」


 喜んだ裕真は、隣にいる人工精霊へ抱きついた。


 鬱陶しそうな顔をしているが、口元が緩んでいるので本心では喜んでいるように見える。関係は良好で、突如として契約を破棄、裏切る心配はなさそうだ。


 裕真は生活力ゼロで常識が無いため、苦労しているだろうに。


「そこの人工精霊……名前はなといったかね」

「ユミです!」

「そうだった。ユミだったな。裕真との生活で苦労はないか?」


 内心を探るべく試してみた。


「借金だらけで家まで追い出されそうになりましたが、楽しく過ごさせてもらっています。マスターと一緒なら野宿も悪くありません」


 なんともまあ、見た目だけじゃなく内面まで可愛い娘じゃないか。


 抜けているところが多い裕真と相性がいいのかもしれんね。


「信頼しているんだね」

「マスターとは家族ですから」


 恋人、友人、主従関係ではなく、家族ね。裕真が小さい頃に失った関係だ。


 目の前にいるユミという人工精霊が、補っているのかね。


「気に入った。困ったことがあれば何でも相談しな。協力は惜しまないよ」

「ありがとうございます! では早速ですが、連絡先の交換をさせてもらえないでしょうか」


 スマホを取り出すと、ユミはアプリを立ち上げたが、わしは機械には弱い。チャットなんとかは使ったことがないし、使えるとも思えん。


「電話番号の交換でもいいかい?」

「はい!」


 嫌な顔一つせず、ユミは番号を教えてくれたので電話帳に登録する。


「わしの番号は裕真に聞くと良い」


 我慢できなくなったのか、愛弟子が案内はまだかと目を光らせている。このままだと一人で行ってしまいそうだったので、番号交換を省略した。


「素材保管庫に案内する。付いてくるんだ」


 立ち上がって廊下を進み、縁側から離れの倉庫に移動する。


 鉄製の扉に備え付けたデバイスへ手をつけ、認証をパスすると自動で開いた。


 天井まで届くほどの高さまで保管用の棚があり、人生を賭けて集めた素材が豊富には言っている。


「これにあるのを全てやる。あとは任せたよ」


 人工精霊にミスリル水銀ゴーレムまで作れる超一流の裕真であれば、わしの財産を引き継ぐに値する。


 その場の思いつきではあるが、愛弟子に全てを託して引退するのも悪くはないだろう。


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