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第18話 ばーちゃんの遺産(死んではない)

「全部上げるって……ばーちゃん、引退でもするつもり?」


 問いかけてみたけど、すぐに離れの倉庫から出て行ったので、答えはなかった。


 義務教育が終わってからずっと錬金術を教えてもらっていたので、もし俺の想像通りだったら少し寂しい。


「ユミはどう思う?」

「マスター、精霊である私にはわかりません」


 それもそうか。人と精霊が混ざり合っているため、細かい心の機微に疎いのだ。


 生物としての根幹が違うため、何百年生きたとしても完全な理解は不可能だろう。


 そもそも人間同士だてって無理なんだけどね。


 とはいえ、わかり合えない存在って訳じゃない。細かい部分に気づかない程度なので、友好な関係を構築する分には問題ない。ノンデリカシーな人よりかは、付き合いやすいだろう。


「ま、聞いても教えてくれないだろうし、くれるというなら遺産はありがたくいただくよ」

「マスターの師匠は死んでませんが……」

「細かいことは気にしない! それよりもさ、保管されている素材を確認しよう!」


 天井まで届く棚は細かく区切られている。備え付けられたドアを一つ一つ開けて中身を確認していく。


 左側は薬草関連が保管されているようで、回復ポーションに使うブルーボルド草の他、マナ回復ポーションの素材であるイエローボルド草、解呪ポーションに使うマーネット草などが保管されていた。


 どれも適切に管理されているので、エーテルの含有量は多く品質としては最上級だ。


 店で作っていたとき以上のポーションが作れるだろう。


 続いて真ん中の方は鉱石の類いがあった。ミスラムに使ったミスリル銀はあったが純度は低めだ。とはいえ、世間一般的には十分なんだけどね。


 他にも世界で一番硬いといわれているアダマンタイト鉱石や鉄、銅、金などがある。


 少量だけどヒヒイロカネを見たときは、さすがに驚いてしまった。比重が黄金より軽く、炎が揺らめいているように見える赤色の金属。神性を帯びていて、ヒヒイロカネを使った武具は、どのような存在をも切断でき、またすべての物理攻撃を防げるとも言われている。


 また合金としても優秀なので、便利すぎて使いどころに悩む鉱石だ。


 ミスラムに組み込めば、最強のゴーレムになってくれるだろうけど、さすがに目立つ。この案は却下だな。


「これはヒヒイロカネですね。見ているだけで圧倒されます」


 俺の隣に来たユミも珍しく驚いていた。


 精霊だから人間よりも、神性から受ける影響は大きいのだろう。


「このサイズじゃ作れて片手剣ぐらいの大きさだね。鍛冶スキル持ちに武具を作ってもらうか、錬金術で合金にして加工するか、それとも売って他の素材を買うか……悩むね」

「それでしたら、決まるまでは保管したままにしませんか?」


 全部俺の物になったんだから、急いで決める必要はないか。


 念のため、ばーちゃんに再確認しておきたい。いい歳しているから、ボケてヒヒイロカネの存在を忘れている可能性もあるからね。


「そうしよっか。残りの素材も確認していくよ」

「はい!」


 鉱物のエリアを確認し終えると、右側の棚を調べていく。


 二つもしくは、三つの素材を錬成した物を置いているらしく、毒性を消す中和剤、水属性の結晶、エーテル塩などがある。レアな物はないけど、どれもよく使う。


 特に中和剤は解毒ポーションだけじゃなく、毒草を錬成するときにも使うので、すごく便利だ。


 温度や室温管理が難しいので、ちゃんとした設備がないとすぐに悪くなっちゃうんだよね。


 素材の他にも、いくつかメモ書きが置いてあった。内容はすべて錬金術のレシピだ。量を調整しながら未知の錬成物を探しているようだった。


 使っている素材から、何を目的としていたのかは推察できる。


 万能ポーションだ。


 病、呪い、毒など、怪我以外をすべて癒やす万能のポーションである。


 エリクサーは死者すら蘇らせると言われていて、位置づけとしては最高峰の回復ポーションだ。一方の万能ポーションは解毒、解呪、解病といった各ポーションの最高峰として君臨している。


 錬金術ではエリクサーや万能ポーションは作れないとされていて、ダンジョンから見つかった物が世界で数個、市場にあるだけだ。


 ほとんどの人は見たことがないし、存在すら知らないってこともあるだろう。


 ばーちゃんは、神の御業とも言える最高峰のポーションを作ろうとしていたのか。


「すごいな。俺は作ろうすら思わなかったよ。すごいね」


 すべての遺産を受け取るのであれば、研究内容も引き継ぐべきだろう。


「俺が研究を続けるから、安心して任せて眠ってくれ!」


 研究のことは忘れてね。


 穏やかに過ごして欲しいものだ。


「マスター……」


 俺の決意に感動しているのか、ユミは俺を見ている。


「どうした?」

「師匠はまだ生き……いえ、なんでもありません。それで、これからどうします?」

「悩ましいね。保管施設は手に入ったけど、渋谷から離れているので不便だ。かといって引っ越したら、ダンジョン行商をする気がなくなるしなぁ」


 正直なところ、お金の問題さえなければダンジョンで物を売るなんてしたくはない。


 ずっと錬金術のことばかり考えていたいのだ。


 考えてもいい案は浮かばないし、ばーちゃんに相談でもしてみよう。知恵袋的なアイデアで解決してくれるはずだ。


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