「こりゃすげぇな。魔力が湧き出てくるようだ」
俺のマナポーションを飲んだじーちゃんは、驚いて腰を抜かしそうになっていた。
単純に回復しただけじゃなく、一時的にだけど魔力の総量が上がったと感じているらしい。俺やユミが飲んだときにはそんな効果はなかったから、絶対に気のせいだと思うんだけど……。
ただ錯覚とはいえ、じーちゃんがヤル気を出してくれているのであれば、余計なことは言わない。
黙ってニコニコと微笑むだけにしておく。
「マナポーションは何本残っているんじゃ?」
「最近作ったのも合わせて10本かな。全部使っても大丈夫だよ」
「そりゃぁ助かる。完成に一週間はかかると思っていたが、これなら今日中で終わりそうだ」
第一世代は魔力量に困ることが多かったと聞く。じーちゃんがシワを深めながら笑っているのは、今はその問題が解決したから楽しいのだろう。
手槌を振り上げて、ヒヒイロカネに叩きつけていく。
延べ棒だったのが、段々と刀の形に変化して、神性が強くなっていった。普通の人間である俺ですら、神々しさを感じるほどなのだ。
脇差は鞘で隠せるからいいけど、ミスラムにヒヒイロカネを使っていたら大問題になっていただろうな。
「あんな顔は久々に見る。楽しそうだ」
ばーちゃんは、元夫のことを優しそうな目で見ていた。
「よりを戻したら?」
「バカ言うんじゃない。あんなのと同じ家で過ごしたくないよ」
「照れなくてもいいのに」
「そうじゃないんだよ。裕真には分からんかもしれんが、その人を好きでいられる適切な距離感ってのがあるんだ」
好きならずっと側にいたいと思うんだけど、違うのかな。
俺はユミのことを家族だと思っていて、大切で好きだから同じ家に住んでいるんだけどね。ばーちゃんの考えは理解できなかった。
「それが別々に暮らすってこと?」
「……まあそうなるな」
うん、やっぱりわからない。
ただ、ばーちゃんが満足しているなら、それでいいとも思った。
「マスター、私はずっと一緒にですからね」
「俺もだよ」
どこかに行ってしまわないようにと、膝の上に座っているユミを強く抱きしめた。
嫌がることなく受け入れてくれている。
ばーちゃんとは違った、俺たちだけの関係だ。世間のことなんてどうでもよく、二人が納得していれば、それが正解なんだ。
だから、きっとばーちゃんたちも正解の道を歩んでいるんだと思った。
話している間もじーちゃんは作業を進めていて、形だけ見れば完成していた。
それでも手槌を叩きつけている。
魔力を練り込んでいるんだろうか。
金属を叩く音が一定の間隔で響き渡り、3時間ほど続く。
徐々にだけど、刀身が研いだように輝くようになった。
じーちゃんが手槌を床に置いて、ヒヒイロカネの脇差を持ってじっくりと観察をしている。
「人生最高の出来じゃ。これ以上の物は作れん」
満足そうな顔をしていた。
汗を拭って脇差を置くと、作り置きしていた柄をサイズ調整してはめていく。
ベテランの手つきだ。止まることなくすぐに完成した。
「持ってみろ」
ユミに立ってもらい、俺はじーちゃんから脇差を受け取った。
持つだけで刀身は、赤く炎が揺らめいているようだ。吸い込まれそうなほど美しい。軽く振ってみると空気を切ったかのように音はしない。重さはちょうど良く、力のない俺でも振り回せそうだ。
「刃長は55cmで脇差としてはやや長い方に入る。ドラゴンパウダーのおかげでヒヒイロカネの性能を120%引き出せているが、どうだ?」
「じーちゃんすごいよ! これなら、どんな存在でも斬り裂けそうだ!」
「非実体系の魔物も斬れるから、間違いじゃねぇな」
自信作を褒められて、じーちゃんは笑っていた。
ちらっと、ばーちゃんを見ると満更ではない顔をしている。やっぱり好きなんじゃないの?
老い先短いんだし、一緒に住むのは別としても頻繁に会えばいいのに、とは思ったけど口には出さなかった。ナイス配慮だ。
「それで、脇差に銘とかってあるの?」
「全ての存在を絶つという意味で、
「最高だね!」
持っているだけで強くなれそうな銘だ。
聞いてすぐ気に入ってしまった。
「明日から鞘を作って完成じゃ」
「おお! 楽しみ!」
「それで料金じゃが……」
さーっと血の気が引いた。
そうだ。お金が必要だよね。ヒヒイロカネを持ち込んだ分が割引されたとしても、技術料は出さなければならない。
知り合いだから無料、なんて都合のいいことはないだろう。
最低でも数百万は覚悟しておかないと。
誠からお金を借りられないかな。
「多恵からもらっている。裕真は気にする必要は無いからな」
ええ!!
すでに話がついていたの!?
「ばーちゃん……いいの?」
「わしからのプレゼントだ。遠慮なく受け取りな」
ウィンクまでしてくれた。
感動のあまり抱きしめると、持ち上げてクルクルと回してしまう。
「ばか弟子! そういうのはユミにやってあげな!」
頭を叩かれたので、ゆっくりとおろした。
「ごめん。少しはしゃぎすぎた」
「わかったならいい。後は任せたよ」
逃げるようにして、ばーちゃんは鍛冶場から出て行ってしまった。
悪いことをしてしまったな。お詫びにお菓子を買っておこう。
「マスター……」
俺の名を呼んだユミは手を伸ばしていた。
クルクル回して欲しい。そんなアピールだ。
こういったおねだりに弱いので、満足するまで何度も回す遊びをすることにした。