翌日、ばーちゃんの元夫と会うことになった。
鍛冶は騒音問題があるらしく、秩父の山奥に住んでいるらしい。
交通の便が悪い場所だ。移動はどうしようと思っていたんだけど、ばーちゃんはタクシーを用意してくれた。料金がすごいことになっていたけど、お釣りはいらないと言って現金支払いをしていたから驚きだ。
ばーちゃん、お金持ちだったんだな。
無事に元夫の家に着いたので、玄関でブザーを鳴らすと老人が出てきた。腰が曲がっているけど、全身は鍛えられているように見える。腕が太かった。
「久しぶりじゃな。多恵」
「ふん、その名で呼ぶんじゃないよ」
「弟子の前だからって恥ずかしがるんじゃないって」
はっ、はっ、はっと笑っていた。
どうやら親しみやすい性格のようだ。
「それで隣にいる男がヒヒイロカネを持っているのか?」
「愛弟子の裕真だ」
背中をポンと押されて一歩前に出た。
「ばーちゃん最後の弟子、
最初の挨拶はしっかりしろと、ばーちゃんに念押しされていたので、軽く頭も下げておいた。
「ふむ、話と違って礼儀はなっているようだな。俺の名前は鉄蔵だ。よろしくな」
「じーちゃんよろしく」
「この俺が、じーちゃんか……」
しまった。油断して砕けた口調になってしまった。
ギロリと睨まれたけど、何も言われることはなかった。
呼び方は認めてくれたんだろうか。挨拶が終われば、いつものノリで言っても問題なさそうだ。
「ま、そういうヤツだ。ヒヒイロカネを扱わせてやるんだから、細かいことは気にするんじゃないよ」
ばーちゃんは家の中に入っていき、じーちゃんも続く。
俺とユミは置いていかれてしまった。
「マスターは初対面の人でもフランクなんですね?」
「ばーちゃんの元夫なら身内だからね。知らない人なら、適切な距離を取って接するよ」
「そうならいいんですけど……」
明らかに信じてなさそうだけど、やるときはやる男なんだ。
安心してくれ。
細かい話は、ばーちゃんがしてくれていたみたいで、すぐ鍛冶場に連れて行かれた。
ヒヒイロカネは金床に置かれていて、じーちゃんはミスリルとアダマンタイトの手槌を持っている。炉に火は付いていない。
錬金術や鍛冶のスキルは合成する過程を簡略もしくは省略して、結果を出してくれる。
だから金属を熱して叩いて鍛える、みたいな作業は不要なのだ。その代わり魔力を込めた手槌で金属を叩き、イメージした形に成形していく必要はある。しかも込めた魔力が、どのくらい金属に浸透して含まれるかによって、品質は大きく左右される。
スキルを扱う際は、火の扱いではなく魔力の扱いが重要なのだ。
「ドラゴンパウダーは、どのタイミングで使うの?」
「最初からだ。持っているなら俺に渡しな」
瓶に入ったドラゴンパウダーをじーちゃんに渡すと、半分をヒヒイロカネに振りかけた。
ふりかけみたいだと思っていたら、お腹が減ってきた。
「残りは使わん」
思っていたよりも使用量は少ないらしい。ドラゴンパウダーが余ったので、強化系のポーションでも作ろうかな。
俺が持っているとなくしてしまいそうなので、隣にいるユミへ預けると、マジックバッグに入れて保管してくれた。
「作業は見ていてもいいんだよね?」
「多恵の弟子ならかまわん」
許可が出たので、ミスラムを椅子の形にして俺が座り、膝の上にユミを乗っける。
じーちゃんは俺のことをチラッと見たけど、それだけ。無言で手槌を振り上げると全体が光り出した。魔力を注いだのだろう。周囲に糸のような帯が見える。
「光の帯が強ければ強いほど、鉱石へ注がれる魔力が増える」
ばーちゃんも来たようだ。椅子を持参しているなんて用意がいい。
元夫の仕事ぶりでも見に来たのかな。
「じーちゃんってどのぐらいすごいの?」
「……日本一じゃ」
照れくさそうにしていた。頬がちょっと赤い。
やっぱり好きなんだと思う。俺の鋭い直感がそう言っているんだ。
「行くぞッ!」
じーちゃんから気合いの入った声がすると、手槌が振り下ろされた。
金属のぶつかり合う甲高い音がするのと同時に、ふりかけ……じゃなかったドラゴンパウダーと共に光の帯がヒヒイロカネに吸い込まれていく。
形は変わったように見えない。一度だけじゃ変化は足りないのか。
もう一度、手槌を振り上げてからヒヒイロカネに叩きつける。また光の帯が吸収された。
これを十回ぐらい続けていくと形も変わっていき、延べ棒になる。脇差にはほど遠いが、手槌の動きは止まった。
「魔力切れじゃ。休憩する」
第一世代は魔力量が少ない。じーちゃんは技術があっても、魔力だけはどうしようもないので、こまめに休憩が必要なようだ。
「ユミ、じーちゃんにマナポーションをあげて」
「マスター、わかりました」
マジックバッグから瓶を取り出したユミは、俺から飛び降りてスカートをなびかせながら、じーちゃんの前に立った。
「どうした?」
「魔力が回復するポーションです。どうぞ、お飲みください」
「そんな貴重な物をもらってもいいのか?」
「はい。マスターがそう、望んでいますので」
「そりゃぁ助かる」
マナポーションを受け取ったじーちゃんは、ユミの頭をグリグリと撫でた。
孫と祖父みたいだな。優しさを感じる。
それがたまらなく嬉しい。ユミはずっと優しい世界に包まれて、生きて欲しいなと願っていたからだ。