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第40話 ばーちゃんが残したレシピ

 ドラゴン討伐から半月が経過した。


 人工神霊については箝口令かんこうれいが敷かれたみたいで、メディアは報道していない。SNS上でも情報は一切出ていないので、参加していた探索者たちからも情報は漏れていないようだ。


 探索者ギルドが存在を隠した理由はいくつか思い浮かぶけど、確証はないし興味もなかった。


 それよりも重要なのは、俺の活躍が大幅にカットされたことだろう。知晴さんとばーちゃんの力によって、絶刃やミスラムの実力はギルド側に隠蔽できている。


 目撃者が久我さんと誠パーティぐらいなので、こちらも情報は漏れていない。今まで通り自由に活動できているため、回復ポーションの代金を全て使って、【時空石】を買い漁ってしまった。


 マジックバッグの素材として使う物で、市場にはそこそこ流通している。今は滅多に流れないドラゴンの素材で市場が盛り上がっていることもあって、ライバルは少なく全て購入できた。


 合計で100個。それを自宅に置いて、今は加工をしている。


「マスター、素材を購入したせいで資金はなくなっちゃいました……。借金は残ったままですよ」


 欲しい素材が出てきたんだから仕方がないよ。


 計画なんて予定でしかなく、現実にあわせてコロコロ変わるものなんだ!


「返済期限は、かなり先なんだから大丈夫だって。行商で稼ごうよ」

「また稼げるか分かりません。できれば先に完済したかったのですが……」

「もし本当にダメそうなら、土下座すればなんとかなるよ。俺に任せて!」


 なんたって相手は知晴さんだからね。大抵のことは土下座で乗り切れる。だから今は、錬金術の方を優先するんだ。うん。何も問題はない。


 ばーちゃんの倉庫で手に入れた転移門のレシピを見ながら、空間を繋ぐ【時空石】を半分に割って、指定された素材を複数混ぜていく。その中には、空間を固定するために使う魔力伝導率の高い【ミスリル合金】と【ドラゴンの骨】や、行き先を映して安定化させる【ミラークリスタル】といった貴重な素材もあった。


 これらは、ばーちゃんの倉庫にあったので購入はしていない。


 どうやら素材までは集めたけど、何らかの理由によって途中で止めてしまったみたいなんだよね。


「転移門なんてできたら、マジックバッグが登場した時みたいに世界がひっくり返りますよ」


 ユミには何を錬成するのか伝えていたので、成功した先のことを懸念しているようだ。


 俺が今日、転移門を作成したら物流は大きく変わり、ありとあらゆる犯罪が容易にできてしまうだろう。


 それほど革新的な技術なのである。だから俺は、絶対に広めることはしない。


「完成しても誰にも教えない。個人的に使うだけだから」

「でしたら、いいんですけど……」


 不安そうな顔をしている。


 あれかな、お金が気になっているのかな?


「借金が重なってもレシピは売らないから安心して」

「マスターが錬金術師の魂でもあるレシピを売るとは思っていませんが、うっかりバレてしまいません?」


 それは……あり得る。


 転移しているところ見られちゃうなんて、普通に起こりそうだ。


「ユミが気をつけるとかで回避できないかな」

「……全力を尽くしますが、マスターも気をつけてください」


 半目になった上に、ため息までつかれてしまった。


 苦労をかけるねって意味を込めて、軽く手を合わせて謝っても態度は変わらない。むしろ深刻になっているようにも見える。


「マスターが転移門を使うときは、私と一緒です。それを約束してくれるなら頑張ります」

「いいよ!」


 そんな約束で、転移門の存在がバレるのを防げるのであれば、安いものだ。


 ユミの機嫌は良くなったみたいだし、快諾してよかった。


「それじゃ、そろそろスキルを使うから、ユミも準備してくれる?」

「わかりました」


 ニコニコと笑みを浮かべながら、ユミは部屋で保管しているエーテルポーションを持ってきてくれた。


 素材の配置は全て終わっている。


 下準備は完璧だ。


「錬金術スキル起動」


 キーワードを唱えると両手が光って、目の前に本が浮かんだので、空白のページまでめくる。


 ばーちゃんのレシピを見ながら、材料を書き込んでいく。


「時空石100個、ミスリル合金10kg、ドラゴンの骨2本、ミラークリスタル2個、魔石100個……注ぐ魔力量は1000%」


 レシピの一部を口に出すと、本に詳細が記入される。


「新規レシピ作成」


 魔法陣に多大な魔力が吸われていく。


 すぐに枯渇寸前までいったんだけど、ユミが魔力を回復させるエーテルポーションを飲ませてくれたので、即座に回復する。しかしまたすぐ枯渇状態になったので、追加のもう一本を飲まされた。


 わんこそばみたいに、次から次へとエーテルポーションを飲みながら、魔力を補充しているので魔法陣は消えない。


 このまま完成させるぞ! と気合いを入れ直すと、今度はスキルが暴走しそうになった。


 魔法陣がぐわんと歪んだのだ。


 慌てて制御に専念するけど、不安定な状況は続く。


 何度も錬金術スキルを使ってきたけど、これほど維持が難しいのは初めてだ。


 ばーちゃんがレシピまで作って、断念した理由が分かる。


 スキルの操作――熟練度もそうだけど、第一世代では魔力が圧倒的に足りなかったのだ。


 だから倉庫に残して俺に託したんだろう。


「絶対に成功させ――んぐっ」


 エーテルポーションを入れられて、慌てて飲み込んだ。


 これで11本目だ。使用する魔力量から逆算すると、もうそろそろ完成するはずなんだけど、魔法陣は消えない。


 それでも油断することなく、スキルを維持している。


 額に汗が浮かんだのでユミがハンカチで拭き取ってくれた。


 ありがたい。これで集中できる。


 目の前の魔法陣が消えるまでスキルを使い続けていると、12回満タンになった俺の魔力を半分ほど残して魔法陣が消えた。


 本には転移門のレシピが記載されている。


「完成した……?」


 薄い円形の板が二つ錬成されただけだった。大きさは直径二メートルぐらいだろうか。


 見慣れない文字が書かれていて俺は読めないけど、転移を補助するよう内容だろう。


 スキルのレシピ本には転移門が記載されているけど、本当に転移できるのか不安は残る。いきなり自分で試すのは怖いな。


「まずは、動物で試してみようか」

「マスター、私が乗ります」

「え?」


 驚いている間に、ユミが転移門の上に乗った。


 一瞬にして姿が消えると、もう一方の転移門に姿が現れる。


「大丈夫!?」


 ユミの体を触って、欠損している箇所がないか確認していく。とりあえず怪我はなさそうだ。


 物質的な移動は成功したと思っていい。


「マスター、問題はありません。成功しているみたいですね」

「ユミは俺のこと覚えている?」

「ええ。記憶や意識も変わりありません」

「よかった~~」


 緊張が抜けて座り込んでしまった。


 失敗して何かが抜けてしまったのであれば、取り返しの付かないことになっていた。


 本当に成功して良かった。


「マスターが錬成したんですから、失敗するはずがありません」


 迷いなく言われてしまった。俺への信頼がひしひしと伝わってくる。


 出会った頃から、ずっとこうだ。


 文句を言われることもあるけど、錬金術師として尊敬までしてくれている。


 苦労ばかりかけているのにね。


「マスター、これで師匠の家と往復が楽になりました。渋谷ダンジョンでの行商も続けられそうですね」

「お金はなくなって借金は残っているけど、また一緒に頑張ってくれる?」

「もちろんです。マスターは私がいないと生活できないんですから、どこまでも付いていきますよ」


 お店を追い出され、お金がなくなっても、俺とユミの関係は変わらない。


 これからどんな問題が起こっても一緒にいると確信している。


 きっと、どちらかが死ぬまで続くだろう。




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【あとがき】

本章はここで終わりです。


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