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「不遇職『薬草採集人』、いつの間にか世界最強の生産職になっていました 」
「不遇職『薬草採集人』、いつの間にか世界最強の生産職になっていました 」
いもきち
異世界ファンタジースローライフ
2025年07月19日
公開日
1.6万字
連載中
 秋月悠真は、VRMMORPG《IDEA ARCS ONLINE》で最弱職とされる「薬草採集人」として不遇なスタートを切る。しかも彼は、ゲームからログアウトできないという絶望的な状況に陥っていた。  しかし、悠真は諦めなかった。現実世界での金銭的な苦境から解放されたこの世界で、彼はひたすらに薬草採集とポーション調合に没頭する。やがて、彼が作り出すポーションは「規格外の品質」として瞬く間に評判となり、プレイヤーたちの間で「ポーションの賢者」と呼ばれるようになる。莫大な富を築いた悠真は、人里離れた場所に自分だけの生産拠点を構え、「薬草育成」という新たな独自スキルを習得。これにより、希少な薬草の安定供給という、この世界における絶対的な独占状態を確立する。  そんな悠真の前に現れたのは、鍛冶屋のガストンと革細工師のリズ。彼らとの出会いによって、悠真はポーションに「属性付与」という、誰もが不可能と考える能力を開花させる。最強の装備を作り出す生産職と、唯一無二の属性付与能力を持つ悠真。彼らは「最強の生産パーティ」として、世界の最前線で戦うトップランカーたちからも注目され、ついに総合ランキング一位のゼノン率いるパーティとの連携を打診される。  悠真は戦闘には参加しない。しかし、彼の作り出すポーションと属性付与された装備は、困難なダンジョンや大規模レイドを攻略する上で不可欠な存在となる。絶望から始まった異世界での生活は、唯一無二の力を手に入れた悠真を、誰もが認める「英雄」へと押し上げていく。  しかし、その影で、彼の莫大な富と影響力に目をつけた「悪意の影」が静かに動き始めていた……。悠真の「成り上がり」は、まだ始まったばかりだ。

第一話 絶望の始まりと不遇なスタート

 届いたばかりの大きな箱を開ける手が、期待と少しの緊張で小刻みに震えていた。

 真新しい純白のパッケージには、金色に輝く文字で《IDEA ARCS ONLINE》と刻まれている。

 最新型フルダイブVRMMO本体一体型――完全予約制、初回出荷わずか数千台という、まさにプレミア品だ。十万円以上もの大金だったが、深夜の予約戦争を勝ち抜いて手に入れたあの瞬間から、秋月悠真の胸は高鳴りっぱなしだった。


「ついに……俺も、あの世界へ……!」


 布団の上で深呼吸し、ヘッドギアをそっと頭に被る。視界いっぱいに金色の光がまばゆく広がり、やがて現実の身体感覚が、どこか遠い場所に置き去りにされていく。

 夢にまで見たフルダイブ。

 剣を振るい、火球を放ち、戦場で名を馳せる英雄になる。

 そんな「別の自分」に生まれ変わるためだけに、悠真は現実の金も時間も、そのすべてを惜しみなく注ぎ込んだのだ。

 深い没入感の中、耳の奥で透き通るような女性の声が響き渡る。


 ――ようこそ、イデア・アークス・オンラインの世界へ。最高の没入体験を、お楽しみください。

 心臓がドクンと激しく脈打つ。これから始まる壮大な冒険の予感に、自然と口元が緩んだ。

 次の瞬間、視界がパッとまばゆく開ける。

 目の前に広がったのは、どこまでも続くまばゆい青空と、一面の緑が輝く広大な草原だった。

 頬を撫でる涼やかな風、木々の間を抜ける葉擦れの音が耳に心地よく響く。遠くからは小川のせせらぎが聞こえ、鼻孔をくすぐるのは、いかにも「異世界」といった青草の瑞々しい匂い。

 ――すごい……これが……本当に……!

 思わず漏れた呟きは、風に溶けて、どこかへ消えていった。

 だが、その至福の時間は、あっけなく終わりを告げる。


「……あれ? キャラクリは……?」


 指を動かし、メニューを呼び出そうと試みる。けれど、目の前の空間に光のパネルが浮かび上がる気配はない。

 何度も何度も、無意識に指を動かす。声に出して呼びかけてみる。だが、システムは沈黙したままだった。

 そして、ついに視界の隅に、まるで嫌がらせのように一つのウィンドウが勝手に現れ、ステータスが表示される。

 そこに映し出されたのは、見慣れた、冴えない顔――黒髪に、平凡な顔立ち、くたびれた灰色のパーカー姿。

 毎朝、鏡で見慣れた現実の「秋月悠真」そのものだった。

 そして、名前の欄には。

《プレイヤー名:秋月悠真》

 全身から、さっと血の気が引いた。

 ……本名、だと……!?

 あれだけ時間をかけて考えた、カッコいいプレイヤー名が……全部、無意味に……?

 さらに、次に目に飛び込んできた職業欄の文字が、悠真にとどめを刺した。

《職業:薬草採集人》

 思わず、ごくりと息を呑む。

 薬草採集人……?

 戦士でも、魔法使いでも、弓使いでもなく……地味で、誰からも必要とされない生産職。

 ……なんだよ、これ……ふざけんな!


◇ ◇ ◇


 気付けば、悠真は村の広場の片隅に立ち尽くしていた。

 周囲では、目にも鮮やかな鎧やローブに身を包んだプレイヤーたちが、楽しげに会話し、パーティを組んで次々と出発していく。

 みな、キャラクタークリエイトで整えられた、非現実的なほど美しいアバターばかりだ。冴えない現実の顔のままで、ここにいるのは、どうやら自分だけのようだった。


「うわ、マジで本名じゃん、こいつ」

「しかも薬草採集人ww NPCかよww」


 すれ違うプレイヤーたちの嘲笑が、刃のように耳に突き刺さる。

 悠真は俯き、悔しさに唇を噛み締めるしかなかった。

 ……どうしよう。ログアウト……。

 視界に浮かぶウィンドウを開こうとするが、やはり何の反応もない。その時、氷水を浴びせられたような、無情なメッセージが悠真の目に飛び込んできた。


《本体システムエラーにより、ログアウト機能は停止中です。運営の復旧をお待ちください》


 運営の復旧……? いったい、いつになるんだ、そんなもの……?

 絶望的な言葉に、悠真は広場で呆然と立ち尽くすしかなかった。


◇ ◇ ◇


 日が傾き、森の奥に薄闇が忍び寄り始めていた。

 悠真は、村を離れ、腰にしょぼいカゴを提げて木々の合間を進んでいた。


 「くそ……!」


 苛立ちを吐き出しながら、足元の茂みを蹴る。

 森の奥からは、他のプレイヤーたちが剣を振るい、スライムや野ネズミを次々と狩る、楽しげな声が時折聞こえてくる。そんな中、自分は地面にしゃがみ込み、ひたすら草むらを目で追う。

 ――スキルを発動していれば、見えるはず……。

 目の端に、うっすらと緑色の光を放つ輪郭が浮かび上がる。

《薬草》

 それは、「薬草採集人」のスキルのおかげだった。スキルを発動している限り、茂みの中に紛れる無数の雑草の中から、薬草だけがうっすらと輪郭線を帯びて見えるのだ。


「……これが、薬草……」


 近づいてしゃがみ込み、そっと手を伸ばす。

 茎が太く、葉が楕円形に広がり、薄く葉脈が光る。それがスキルの示す薬草の特徴だった。

 ひと株、根元からゆっくりと抜き取る。指先に伝わるのは、少し湿った冷たい土の感触。鼻をかすかに甘い草の香りがくすぐった。


「ふう……一つ目、っと」


 ため息混じりに呟き、次の茂みに視線を向ける。

 スキルが示す薬草は、地面に点々と散らばっていた。決して多くはないが、見えないよりはずっとマシだ。

 悠真は、無言で地面を這うようにして薬草を摘み続けた。

 茎をつまみ、根本から抜き、カゴに入れる。しゃがんだり、身をかがめたりするうちに、腰が痛み、爪の奥に土が入り込む。

 それでも、悠真は手を止めなかった。

 宿代を稼がなければ、今夜は寝る場所さえないのだ。

 カゴがいっぱいになった頃には、森の中はもうすっかり薄暗く、帰り道を急ぐ必要があった。

 悠真は立ち上がり、カゴの中の草をじっと見下ろした。

 ――これが、俺の……仕事か……。

 くしゃりと葉が重なる乾いた音が、ひどく寂しく、そして現実的に響いた。


 カゴの中に山盛りになった薬草を抱えて、悠真はトボトボと村へと戻る。

 広場の片隅、他のプレイヤーから見えにくい場所を選び、露店を広げる。

 あり合わせの板と石で作った、あまりにもみすぼらしい台の上に、一本ずつ束ねた薬草を並べていく。


 「あ、薬草屋さんだ!」

 「NPCより安いのか? 試しに見てみよっかな」


 周囲から、またしてもひそひそと笑い声が飛んでくる。

 だが、その中にわずかな好奇の視線も混じっていた。


「……うーん、まぁ一束もらうか。安いし」


 気付けば、何人かのプレイヤーが渋々といった様子で買っていった。手のひらには、十数枚の銅貨が積み重なる。

 たったこれだけ。

 でも、宿代は払える。食事もなんとかなる。

 ……なら、俺はまだ、生きていける。

 小さく息を吐き、てのひらに乗せた銅貨をそっと握りしめる。そのひんやりとした感触が、不思議と悠真の心を落ち着かせた。

 夜。宿屋の狭い一室。

 悠真は硬いベッドに横になり、ぼんやりと天井を睨んでいた。

 ベッド脇に置かれたカゴの中の薬草が、かすかに夜風に揺れた。

 ほんの一瞬、その葉が淡く光ったような気がしたが……疲れているせいか、気のせいか。

 目を閉じかけた、その時だった。

 ひっそりと、しかし確かな存在感を持って、小さなシステムメッセージが視界の端に現れる。


《お知らせ:NPCによる回復アイテムの販売を終了しました》


 ……え?

 悠真は、はっと目を見開いた。

 広場の暗闇の向こうで、何かが静かに、しかし大きく、変わろうとしている気配がした。

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