どことなく気まずい思いを抱きながら週末を過ごした昼斗は、翌週も灯莉と共に、灯莉の運転する車で基地へと向かい、見事に止んだ陰口や嫌がらせについて考えていた。階級も高く地位もある灯莉が直接監視をしているからなのか、その灯莉が、目の前で昼斗に何かあった際に怖い顔をして笑うからなのか、基地の人々は、最近昼斗に関して、いない
昼食はいつも食堂で取るのだが、ここのところはざるそば以外を頼んでも安全だ。そんな事を考えながら、昼斗はかつ丼を見る。対面する席で、灯莉はパスタを食べている。
割りばしを手にしながら、それとなく昼斗は灯莉の様子を窺った。
正直、距離感を掴みかねていた。
嘗て、義妹になるはずだった、二十四歳の情報将校は、非常に端正な顔をした年下の女性であり、物腰は穏やかで、いつも微笑を湛えているが――既に二週間ほど共に暮らすようになり、昼斗も気が付いた事がある。
灯莉の目が笑っていない場合や、ふとした時に、非常に冷酷な顔をしているのを、何度か目にした。昼斗は気づかない振りをして接しているが、そういった灯莉の表情を目にした際、強く感じる事がある。やはり、恨まれているのだろうと。直感的に、好かれていないように思えていた。
だが、だからこそ分からない事も多い。
この日もそろって帰宅したのだが、リビングのソファに座っていると、後ろから両腕を回して、抱きしめるようにされた。
「どうかした? 今日の昼斗は、一日、いつもより難しい顔をしていたけど」
「別に……」
「ふぅん?」
気遣うような台詞をはいてから、灯莉は掠める取るように昼斗の唇を奪った。
一瞬の事だったため、昼斗は反応が遅れる。
このように、キスをされる事も増えてきた。また、平日であっても、たとえば夜中に目を覚ました時になど、抱きしめて眠られている頻度も増加し、昼斗は困惑しっぱなしだ。
少なくとも、自分と目が合っている時の灯莉は、いつもニコニコと笑っている。
逆にそれは、まだ上辺しか見せられていないという事ではないのかと、昼斗は考えている。実際、監視者とパイロットだ。義理の兄妹といった家族になる未来は、来なかったのだから、いくら〝義兄〟と呼ばれようとも、自分達は他人である。内面を教えてもらう日など、来ないのかもしれない。そうは思いつつも、灯莉と過ごしていると、ぬるま湯の中にいるように穏やかで、季節はどんどん冬に近づき寒くなっていくというのに、ここのところ昼斗の心は、温かくなりつつある。だからこそ、なおさら距離感が分からない。
「夕食にしましょう」
灯莉は腕を離してから、キッチンへと消えた。それを見送ってから、ソファに深々と背を預けて、深々と昼斗は息を吐いたのだった。
夜になって、この日も同じベッドに入った。今日は少し早めに、一緒に寝台に上がったからと、壁際で上半身を起こしたまま、チラリと昼斗は灯莉を見る。灯莉はベッドに腰を下ろしていて、丁度顔を上げたところだった。目が合うと、二ッと口角を持ち上げて、灯莉が壁際にいる昼斗に詰め寄ってきた。そしてまた、掠め取るように唇を奪い、触れるだけのキスをした。不意打ちではあったが、真正面にある灯莉の麗しい
「灯莉」
「ん?」
「……どうして俺にキスをするんだ?」
「どうして、って?」
昼斗の問いかけに対し、灯莉が純粋に不思議だという顔をして、ゆっくりと瞬きをした。
「こういうのは、好きな相手とだけ、した方がいい」
顔を背けて昼斗が言うと、灯莉がスッと目を眇めてから、手を伸ばした。そして昼斗の頬に触れて、自分の方を向かせる。
「してるでしょう?」
「へ?」
「義兄さんの事が好きだから、キスをしてるの」
「え……?」
灯莉が更に詰め寄ってきたため、昼斗は後退しようとしたが、右手には壁、左手には灯莉がいるため、これ以上動けない。告げられた言葉を理解するべく咀嚼している間にも、どんどん灯莉は近づいてくる。そのまま灯莉が、昼斗を横から抱きしめた。昼斗が目を見開く。
「好きよ」
そう囁きながら、灯莉が右手の指で、昼斗の耳の後ろをなぞる。官能的な指からの刺激に、昼斗は思わずビクリとした。おろおろと視線を向けると、至近距離で目が合う。灯莉の顔が近づいてきて、そのまま再度キスをされた。だが今度は触れるだけではなく、昼斗の口腔へと灯莉の舌が忍び込んでくる。
ただ、灯莉は『好きだ』と言ったけれど、昼斗には、そうは思えない。
「灯莉……離してくれ、ァ……」
「どうして?」
――雰囲気に飲み込まれてしまう。
だが、そうするわけにはいかない。そう念じ、昼斗は瞳を、灯莉に向ける。結果としては違うが、自分は〝義兄〟だ。
「灯莉、離せ」
「義兄さんは、私が嫌い?」
「っ、俺は、お前の〝義兄さん〟なんだろう? だから、こういうのは――」
「……」
「灯莉!」
「――昼斗」
「離せ」
「私の質問には、答えてくれないの?」
「えっ?」
「私の事、嫌いなの?」
「それは……けど……でもな、だ、だから……お前は、俺にとっても〝
会話をしながら、灯莉はまた一瞬だけ瞳に冷たい色を宿してから、すぐにそれを消すと、微笑した。
「昼斗。私は昼斗が好きよ」
「!」
「だから昼斗と寝たい。ダメかな?」
どこか悲しげな目をし、灯莉が口元に苦笑を浮かべた。それが本音にはやはり思えなかったが、じっと見つめられると、昼斗は言葉が探せなくなってしまう。
「いいよね?」
「っ」
「昼斗。大好きだよ」
昼斗は状況を再確認し、今度は冷や汗をかいた。
――寝たい?
「灯莉、ま、まさか本気で、俺と寝るつもりなのか!?」
「ええ」
「……っ、待ってくれ。お前、お前は……」
そこで昼斗は気が付いた。直感した。
「そんなに……俺の事が嫌いなのか?」
「――え?」
虚を突かれた声を出した後、灯莉は笑った。
「気持ち良くしてあげたいだけ。分かる?」
囁いた灯莉の声は優しい。だがその瞳は冷たく思える。混乱しながら昼斗が瞬きをした。