事後。
寝入ってしまった昼斗の隣から外に出て、灯莉はシャワーを浴びた。バスタオルを片手に寝室へと戻ってきて、ミネラルウォーターのペットボトルの蓋を捻る。冷たい水を飲み干しながら、灯莉は無表情で昼斗を一瞥した。
「……」
思いのほか艶のある、〝義兄〟。
一度、『そんなに嫌いなのか?』と問われて、心情が露見している事に驚いた。
「全く。あれだけ『好きだ』と繰り返してるのに、疑われるとはね」
勿論、内心では、灯莉は昼斗の事が、大嫌いであるが。
愛しい姉を奪った憎い相手だ。
改めて昼斗を見る。艶やかな黒い髪、同色の睫毛。日本人らしい日本人で、均整の取れた体躯をしている。特別目立って造形美を誇る顔立ちだとは思わないが、灯莉は昼斗の顔は好きだった。それは、最初からだ。姉に連れられて通信施設で画面の前に昼斗が立ったあの日から、凛々しい顔立ちには好感を持っていた。客観的に評して、昼斗は男前としてよいだろう容姿の持ち主である。その男前が、震えて泣いていた姿は、たまらなかった。だが――あくまでもこれは、復讐の一環だ。灯莉は嘆息する。
「っ、ぁ」
その時、眠ったままで昼斗が呻いた。起こしただろうかと視線を向けると、ピクリと昼斗の瞼が揺れ、呼吸が荒くなり始めた。だから灯莉は、『またか』と思った。ベッドサイドにペットボトルを置き、静かにベッドの上に戻りながら、昼斗の様子を窺う。
「あ……許してくれ」
昼斗には、目を覚ました様子はない。いつもそうだから、灯莉は理解している。眠ったままで、昼斗は泣きながら、寝言を口にしているのだ。
「光莉……死なないでくれ」
放たれた姉の名に、灯莉の胸中が冷えかえった。
灯莉が引っ越してきてからほぼ毎日、昼斗は夢を見て泣いている。通常同じ夢をこれほど繰り返し頻繁に見る事はないし、似たような軍人の事例はいくつも知っていたから、灯莉もおもうこれが、PTSDの症状なのだと理解している。寝言から判断するに、姉を喪った事件、最近であれば人工島の切り離し作戦の夢、これらを見ては、昼斗は苦しそうにうなされている。
昼斗が軍医に、この方面で受診している記録は無いが、本来であれば適切な対応が必要なのだろうと、灯莉は判断していた。同時に、昼斗がきちんと、〝苦しんでいる〟事もまた、理解出来た。だが、だから? それがなんだというのだ? この身に巣食う憎しみは、消えない。それが灯莉の出した結論だった。復讐し、再起不能なくらいに、ボロボロにしてやりたい。昼斗に対して、灯莉はそう考えている。
「光莉、ダメだ。その船に乗らないでくれ。あ、あ――……!!」
直後昼斗が勢いよく飛び起きた。ボロボロと涙を零していて、その呼吸は荒い。灯莉はその姿を見て、片手で室内の灯りを、ゆっくりと強めていく。そして電気が点いた頃には、微笑を浮かべて、昼斗を見た。そこにあるのは、先程までの冷酷な無表情とは異なる。
「どうかした?」
「あ、っ……灯莉……?」
「そうだよ。私。怖い夢でも見たの?」
照明のリモコンをベッドサイドに置き、灯莉は昼斗を抱きしめた。後頭部に手を回し、己の肩口に、昼斗の額を押し付ける。そしてまた、表情を消した。息が荒い昼斗は、ガクガクと震えている。落ちつけるようにその背を撫でながら、長めに灯莉は瞬きをした。
「灯莉……俺は、何か言っていたか……?」
「ううん。何も言っていなかったわ」
「そうか」
「朝までまだ時間がある。昨日は無理をさせたし、もう少し休んだ方がいい。ね?」
「あ、ああ……っ、昨日……!!」
「最高だった、すごくね」
灯莉の言葉で、昨夜の情事を思い出したようで、昼斗が別の意味で硬直したのが、灯莉には分かった。吐息に笑みをのせてから、灯莉は腕から昼斗を解放する。そして、赤面している〝義兄〟の目を見て、唇に触れるだけのキスをした。
「おやすみ、義兄さん」