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第12話 一番の友人

 灯莉と体を重ねてしまった。翌朝目を開けた昼斗は、上半身を起こしたまま、暫くの間、漂ってくる味噌汁の匂いに戸惑っていた。既に隣には、灯莉の姿がない。夜中に一度目を覚ました時にはあったが、きっと本日も朝食の用意をしてくれているのだろう。


 ビクビクしながらリビングへと通じるドアを抜け、それから何気なくチェストの上を見る。そこには、唯一引越しに際して持ってきたと言える私物、光莉と二人で撮影した写真がある。写真立ての中の若かりし頃の己と光莉のそれぞれを見て、それから強く考えた。合わせる顔がない。


「義兄さん、起きたの?」

「あ、ああ……」

「よかった。丁度起こそうと思ってたんだよ。ハムエッグが出来たところなんだ」


 いつも通りの灯莉の声に、反射的に返事をしてから、恐る恐る昼斗はダイニングへと顔を出した。そこでは黒いエプロンをつけた灯莉が、皿を並べていた。いつも通りにしか見えない。昨夜の事が嘘のようだ。


「座って」

「……ああ」


 二人で食卓に、向かい合って座る。そして昼斗が両手を合わせると、頬杖を突いた灯莉がそれを見て微笑んだ。


 昼斗は顔を背け、誤魔化すように味噌汁のお椀を手に取った。本日の具材は、豆腐とネギだ。


「美味しい?」

「……ちょっと熱い」

「義兄さんってグルメね?」


 灯莉が呆れたように笑った。なお、昼斗は食事をこれまでに、一度も残した事は無い。

 この日も食後は、二人で基地へと向かった。


 助手席の窓から外を見ながら、昼斗は運転席の灯莉の存在を、終始意識していた。灯莉はいつも通りだが、本当に普通と変わらない様子で、昨夜の情事についても口に出す。だからいちいち昼斗だけが照れていた。普段、あまり表情を変えない昼斗だが、基地につく頃には泣きそうになっていた。


「さ、今日も一日頑張りましょうか」


 停車後、二人でエレベーターに乗ると、灯莉が述べた。


 灯莉は基本的には、煙道三月司令官室にいるか、昼斗の訓練を見学するなどしている。情報将校としての仕事と、監視の任務なのだろうが、前者については、昼斗は詳しい事をほとんど知らなかった。


「今日は三月のところに詰めているから、昼食の時に一度合流しよう。午後も私は司令官室にいるから、義兄さんは訓練、頑張ってね?」

「ああ」

「じゃあ、またあとで」


 こうして次にエレベーターが開いた時に、一度二人は別れた。

 訓練室に行くと、円城蛍が自動販売機の前に立っていた。


「あ、昼斗」


 蛍は気さくにいつも昼斗の名を呼ぶ。同じパイロット同士という事もあり、昼斗も気にしていないので、視線を向けて返す。蛍は、基地の中が忙しなくなっても、昼斗に対して態度を変えない、数少ない人間だ。他にも、環や瀬是も態度を変えるわけではないが、歳が最も近いパイロット同士という事も手伝い、昼斗にとって蛍は、一番の〝友人〟と言える。


「なんか眠そうだね?」

「そうか?」

「うん。あと、なんか今日は雰囲気が違うねぇ」


 蛍はそう言ってまじまじと昼斗を見てから、唇の両端を持ち上げた。右目の下には泣きボクロがある。緑味の強い色に染めている髪を結っている蛍は、切れ長の目をしていて長身だ。よく日に焼けた浅黒い肌をしていて、首元には金や銀のアクセサリーをじゃらじゃらと身に着けている。


「なんかいかにも、『童貞を捨てました』みたいな顔してるけど、何かあったのか?」

「へ?」

「――艶っぽい」

「誰が?」

「昼斗が」

「……」


 心当たりは、無くはなかった。瞬時に灯莉の事を思い出し、昼斗は赤面しそうになったから、誤魔化すように自動販売機の商品を見る。温かい商品の列を、買う予定もないのに目で追った。だがその耳が朱いのを、蛍は見逃さなかったようで、ニヤリと笑った。


「お相手は?」

「別にそう言うんじゃない」

「ふぅん? まぁ、無理には聞かないわよ。しかし大丈夫なの? 軍法会議で監視がついたタイミングで、夜遊びなんて」

「だから、そう言うんじゃない」

「はいはい。あれ、今日は監視の瑳灘大佐は? 煙道司令のところ?」

「そうらしい」


 無表情で頷いた昼斗に対し、頷き返してから保は手にしていた缶のコーンポタージュのプルタブを開けた。


「二十四歳世代は、本当に多いなぁ。私だけ年上。もう歳だ」

「俺なんて、二十八だぞ……」


 そんなやりとりをしつつ、昼斗は考えた。現在、基地には、遺伝子をコーディネートされた若年層を除くと、それよりも上の世代は、古の世でいう定年間際……六十代より上の者が、軍人には多いという現実を。この十年の間に、中間層の多くは戦場で亡くなってしまった。江戸時代には、三十歳に入れば、老人という扱いを受けたと、昼斗は大学時代に雑学本で読んだ記憶があったが、今のご時世は、それに近い。人類の数もどんどん減少している。このままいけば、そう遠くない未来に、人類は滅亡するだろう。


「生きている内に、ぱぁっと恋をして、人生を謳歌しないとなぁ」

「……蛍。お前はそろそろ、一人に絞ったらどうだ?」


 思わず昼斗はぼやいた。蛍は、『日替わりの恋人』という概念を、人生に採用していると公言していて、夜毎違う相手とベッドに入っているのだと、昼斗は聞いていた。誰でもなく、本人に聞かされた。蛍の相手は、老若男女は問わないらしい。一点、未成年だけは不可なのだと、蛍は過去に語っていた。


「それもそうだなぁ。私も身を固める時期かもねぇ」

「それは分からないが、誰かいい人がいるのなら――」

「じゃー昼斗が、恋人になってよ」

「何が、『じゃぁ』なんだ……冗談はやめろ」


 辟易したように昼斗が答えると、吹き出すようにして蛍が笑った。

 その後は午前中が終わるまで、二人でシミュレーターを用いて、超電磁砲刀の打ち合い訓練を行った。



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