三日間の休暇が終わり、昼斗は通常任務に復帰した。休暇中はずっと灯莉に甘やかされていたから、久しぶりに基地のエレベーターに乗った時には、意識して気を引き締めなければならなかった。隣に立つ灯莉の存在が、じわりじわりと心を侵食してくるから、冷静になろうと幾度も試みて、けれどその度に改めて視界に捉えては、煩くなる胸の動悸に苛まれた。
「じゃあ、また後でね」
本日も司令官室に行くのだという灯莉は、エレベーターを降りる間際に、昼斗の唇に触れるだけのキスをした。見送ってから、扉が閉まるのを見ていた昼斗は、片手で唇を覆い、暫しの間赤面していた。
こうして久方ぶりに向かった訓練フロアで、まずは筋力トレーニングをした。
すると環が顔を出した。
「昼斗、もう大丈夫なのか?」
年下の研究者の声に、静かに昼斗が頷く。それを見て笑顔を浮かべた環は、白衣のポケットに両手を入れると、深々と嘆息した。
「実は、A-001シリーズ……第一世代オリジナル機の復古計画があるだろ?」
切り出した環は、ポケットから栄養ドリンクの瓶を一本取り出し、昼斗に差し出した。受け取りながら、昼斗は頷く。すると環が続けた。
「回収したA-002からA-011の機体の一部を繋ぎ合わせて、欠落している部品は、第二世代と第三世代機のを組み合わせて、どうにかオリジナルを復元できないかと頑張ってるところで、元々は他国の基地が主導だったんだけどな、今回この北関東基地で稼働実験をする事になったんだよ」
話だけは聞いた事のあった昼斗は、瓶の蓋を捻りながら頷く。
「というのも、他の基地じゃ、ピクリとも動かなかったからなんだよ。今、保が起動テストをしてるけど……今のところ、北関東基地でも起動しない。なぁ、昼斗? 第一世代機は適性パイロットじゃないと動かせないだろ? でも、蛍は適性が確認されてるのに動かないんだ。遺伝子レベルでコーディネートされてて適性が更にあるはずの瀬是でも動かない。何か、コツみたいなのってあるのか?」
困ったような環の声を聴き、栄養ドリンクを飲みながら、昼斗は思案した。己の場合は、本当に偶発的にパイロットになってしまっただけであるから、コツと言われても分からない。操作技法の訓練は、それこそ自分以外の人々の方が幼少時より専門的に受けている事も理解している。
「俺には分からない」
「うーん……試しに乗ってみてくれないか?」
「ああ、それは構わないけどな」
こうして二人は、格納庫へと向かう事になった。
格納庫で復古期D-001から降りてきた保と入れ違いに、パイロットスーツを着用して昼斗は人型戦略機へと搭乗した。ハッチを越え、コクピットに入り、座席に腰を下ろす。シートベルトはついている。元々存在していなかったのは、第一世代機だけらしいから、ここは良い部分を採用しているのだろうと、昼斗は考えた。
第二世代・第三世代機の長所は、誰でも動かしやすいという点だと聞いた事があった。パイロットの育成は進んでいるが、第一世代機とは異なり、万が一の場合には、誰でも動かせる人型戦略機の開発が急がれている。
昼斗の繰る人型戦略機よりも、内装が機械的だった。左手にある操縦桿も、レバー形式ではなくタッチパネルだ。右手にある球体は、第一世代機と変わらないようにも見えるが、金の装飾で縁取りがなされていて、ひび割れた品を修繕したものらしいと分かる。自然とそちらに、昼斗は手を伸ばした。
《浮気か?》
すると声が響いてきた。
「へ?」
AI言語プログラムだと判断するも、意味が不明瞭だ。いつもそうだともいえるが。ただ通常響いてくる声音とは違い、今回聞こえてきた声音は、男性のものではなく、少女のものに聞こえた。
《お前は、エノシガイオスのパイロットだろう?》
それはそうだが、この機体だって、エノシガイオス・シリーズだ。
昼斗は腕を組む。
「そうだが、では、この機体はなんだと言うんだ?」
自然とそう尋ねていた。
《我々ラムダの秘宝の残滓を融合させて生み出された新機体だ。本物の秘宝で稼働する唯一の機体は、既に一機しかないと、我々の集合知は結論を出しているぞ》
少女の声が響いてくる。時折、人型戦略機の〝声〟は、昼斗に、〝ラムダ〟や〝秘宝〟の話をするが、機械の名称なのだろうと判断している昼斗は、深く考えた事は無い。
《今となっては、その一機のみが、エノシガイオスだ。つまり、お前のバディだ。残滓とはいえ他の秘宝に触れたら、エノシガイオスは気を悪くするぞ。少なくとも我々は、己のバディが他の存在に触れたらいい気がしない》
人型戦略機のAIにも独占欲があるのだろうかと考えながら、昼斗は首を捻る。
「俺は、この機体が動くか試すために、搭乗したんだ。勿論、俺でなく、本来は円城蛍パイロットが起動テスト後、稼働させる予定だ。蛍に動かせれば、以後俺が、ここに来る事は無いぞ」
淡々と昼斗が答えると、一瞬の間、少女の声が沈黙した。
それから、少し楽しげな声に変化した。
《ホタルとはどれだ?》
その言葉に、昼斗は機体の手が動くイメージを構築し、復古機の手を操作して、フロアにいる保を指し示した。
《承知した。では、きちんと残滓である我々に触れるように伝えておけ。動力源は、カードキーではなく、この球体だと教えると良いだろう》
そんなものは常識だろうと思いながらも、昼斗は頷いた。
こうして再度球体に触れて電源を落とし、暗くなったコクピットから、ハッチへと向かい、外に梯子で降りる。するとそこには、呆気にとられたような顔をしている環と蛍の姿があった。走り寄ってきた蛍が声を上げる。
「ど、どうやって動かしたの?」
「――カードキーではなく、球体を触ってみたらどうだ?」
「へ? オブジェを触ると何かいい事があるの?」
「さぁ?」
オブジェではなくあれがエンジンの鍵なのだと昼斗は考えていたが、世代によって内部構造は違うから、機体に言われた通りに伝えるにとどめた。
「と、とにかく! 三月指令に報告してくる!」
そのままバタバタと、隣からは環が走り去ったので、その場には蛍と昼斗が残された。昼斗からすれば、逆に何故これまで起動しなかったのが、本当に分からなかった。