きっと、気分がいいだろうと思っていた。最高の気分になるはずだった。で、あるはずだからと、思いっきり灯莉は嘲笑って見せた。
眼前では、憎い義兄――と、すら思っていない、己にとっての仇敵が、視線を下げて、シーツを見ている。真実を告げた時、一体どのような反応をするのだろうかと、過去にも灯莉は考えた事が幾度もあった。
結果、現在昼斗は、何も言わず、無表情で、ただ暗い瞳をシーツに向けているだけだ。灯莉に対して怒りを見せるでもなく、泣くでもない。まるで、それが、〝仕方のない事〟であるかのような、諦観が滲んでいる。当然だと、受け入れているように見えた。
「なんとか言ったらどう?」
唇の両端を持ち上げて灯莉が言うと、ゆるゆると昼斗が視線を上げた。目が合うと思ったのに、その黒い瞳は、ただ暗く、絶望のような名前が相応しいだろう色に染まっていて、己を映しているようには思えない。この顔を、見たかったはずだった。
なのに、昼斗の視界に、自分が写っていないように感じた時、何故なのか胸騒ぎがした。己が、どうしようもない過ちを犯したかのような、そんな感覚がする。しかし錯覚のはずだと軽く首を振って考えてから、灯莉は腕を組んだ。
ついさきほどまで、幸せだと言って泣いていたくせに、今は泣きそうにも見えるのに、どこにも感情がない。そんな昼斗の様子に、灯莉の胸がズキリと痛む。これは、己の計画であり、果たしたかった事であり、それを予定通りに実行・完遂したというのに、不思議な事に充足感が得られない。
元来灯莉は計画的な人間だ。そして、計画を達成した時、いつも満足している。
である以上、今回だって、気分が良くなってしかるべきはずだった。
なのに、何故なのか胸が痛む。同情? こんな罪人に対して、優しさを抱くなど、己はどうにかしてしまったのだろうか? つらつらと灯莉は、思考する。
「私はあなたが、大嫌い」
自分の気持ちを確かめるように、灯莉は言葉を重ねた。
昼斗は何も言わない。そこには人形のような黒い瞳がある。確かにこちらを向いているのに、自分を映していない二つの瞳。それに灯莉は、何故なのか無性に苛立った。
「明日からは、もっともっと復讐するから、覚悟してもらえる?」
「……」
「ああ、手始めに、明日からは食事の用意をお願いするよ。私の料理を不味いというのだから、きっと昼斗は得意なんだろうねぇ、料理も。掃除も、洗濯も、全部明日からはあなたの仕事」
「……」
「どうしてこんな目に遭うか分かる? 全部、昼斗が悪いからよ」
「……そうだな」
「そうよ。明日からは、せいぜい贖罪をしてもらおうかな。私の命令に、従ってもらう。下僕のようにこき使って――もっともっとボロボロにしてあげるよ」
「……贖罪……俺は……そうすれば、赦されるのか?」
「それこそ、『まさか』だ。永遠にあなたは赦されない。司法や神が赦そうとも、私が昼斗を赦さない。誰がなんて言おうが、昼斗はただの大罪人だよ、私にとってはね」
「そうか」
「うん。だから、相応しい罰を、私が用意するわ」
灯莉がそう言って再び笑って見せた時、漸く昼斗の瞳に光が戻った。昼斗は、まじまじと灯莉を見ると、小さく頷いた。
「赦されたい、わけじゃないんだ」
「ん? 赦されるはずはないけど、どういう意味?」
「……俺は、自分では、贖罪の仕方が分からない。灯莉は、優しいな」
「は?」
「……俺にも、出来る事があるのか……」
そう述べた昼斗は、口元を小さく綻ばせた。その表情の意味が、その夜灯莉には理解出来なかった。この日から、昼斗のベッドは、リビングのソファになった。下僕らしい、就寝場所を、灯莉が提案した結果だ。