ベッドに横たわっても、しおりの心はまだ水族館の中にいた。
(……また、あのキス。あの手のぬくもり……)
胸に手を当てて目を閉じると、彼の指先がシャツ越しに触れてきた瞬間が蘇る。
「大丈夫?」と尋ねる彼の低い声に、思わずまた顔が熱くなった。
枕元に置いたスマホが、ふるりと震えた。
「いま、起きてる?」
一ノ瀬からだった。時刻は0:38。
しおりはドキッとしながら、すぐに返信する。
「うん……眠れない」
「俺も。……会いたい」
その言葉だけで、心臓が跳ねる。
「……しおり、今日の写真送っていい?」
「うん……?」
次の瞬間、スマホの画面に映ったのは、
今日、水族館の出口で撮ったふたりのツーショット。
けれど——
「もう一枚ある」
そう送られてきたのは、少し離れたベンチで、しおりが彼を見上げて笑っている横顔だった。
その目に映っていたのは、明らかに「恋する表情」。
「……しおり、こんな顔してたんだなって、今気づいた。
俺、……もう一回キスしたくなってる」
鼓動が速くなる。
「……わたしも、もう一回、したかった」
「通話、していい?」
たったその一言で、手が震えた。
画面をそっとスワイプして、通話をつなげる。
「……しおり?」
「うん……」
寝室の静寂のなか、彼の声だけが耳に届く。
イヤホンの中で彼の呼吸すら感じられそうだった。
「……いま、どんな格好してる?」
その問いに、しおりは喉が詰まったようになる。
「……えっと、パジャマ。Tシャツと、短パン……かな」
「想像していい?」
「……うん」
しおりの返事に、彼はゆっくりと吐息を吐いた。
「……しおりの肌、また触れたくなるよ。
……今日、我慢したんだよ?」
その声が、低くて、優しくて、でもどこか熱を孕んでいた。
「……俺、怖いんだ」
ふいに彼がぽつりと言った。
「しおりが本当に“望んでるのか”って、まだ確信が持てない」
「……私……ちゃんと、好き。……ちゃんと、あなたに触れたいって思ってるよ?」
その返事に、彼は小さく息を呑んだ。
「ほんとに……?」
「うん。でも、わたし、少しずつじゃないと、ダメだから……」
「……わかってる。しおりのペースでいいよ」
安心したように、彼の声がやわらかくなる。
「……でも今夜は、声だけで、触れたことにしてもいい?」
「……うん。……わたしも、あなたの声、好きだから」
しばらくの沈黙。
でも、それは心地よい静けさだった。
しおりはベッドの上で身体を小さく丸めて、イヤホンをぎゅっと耳に押し当てた。
「しおり……胸、苦しくなったりしない?」
「うん……でも、気持ちいい。……ドキドキしてるけど、なんか落ち着く」
「俺、今、しおりを後ろから抱きしめてるって思ってる」
「……うそ」
「ホント。耳元で囁いてる。『かわいいよ、しおり』って……」
言葉だけで、身体が熱くなる。
「……明日も、会える?」
「うん。俺がどこにいても、しおりのこと見てるよ」
通話が切れるころ、もう1時を過ぎていた。
しおりはスマホを胸に抱き、目を閉じる。
彼の声が、まだ耳の奥に残っている。
(……一ノ瀬くんに……もっと触れてほしい)
その想いが、次の夢の中へと繋がっていく。