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第9話「深夜のメッセージ」

ベッドに横たわっても、しおりの心はまだ水族館の中にいた。


(……また、あのキス。あの手のぬくもり……)


 胸に手を当てて目を閉じると、彼の指先がシャツ越しに触れてきた瞬間が蘇る。

 「大丈夫?」と尋ねる彼の低い声に、思わずまた顔が熱くなった。


 枕元に置いたスマホが、ふるりと震えた。


「いま、起きてる?」


 一ノ瀬からだった。時刻は0:38。


 しおりはドキッとしながら、すぐに返信する。


「うん……眠れない」


「俺も。……会いたい」


 その言葉だけで、心臓が跳ねる。


「……しおり、今日の写真送っていい?」


「うん……?」


 次の瞬間、スマホの画面に映ったのは、

 今日、水族館の出口で撮ったふたりのツーショット。

 けれど——


「もう一枚ある」


 そう送られてきたのは、少し離れたベンチで、しおりが彼を見上げて笑っている横顔だった。

 その目に映っていたのは、明らかに「恋する表情」。


「……しおり、こんな顔してたんだなって、今気づいた。

 俺、……もう一回キスしたくなってる」


 鼓動が速くなる。


「……わたしも、もう一回、したかった」


「通話、していい?」


 たったその一言で、手が震えた。

 画面をそっとスワイプして、通話をつなげる。


 「……しおり?」


 「うん……」


 寝室の静寂のなか、彼の声だけが耳に届く。

 イヤホンの中で彼の呼吸すら感じられそうだった。


 「……いま、どんな格好してる?」


 その問いに、しおりは喉が詰まったようになる。


 「……えっと、パジャマ。Tシャツと、短パン……かな」


 「想像していい?」


 「……うん」


 しおりの返事に、彼はゆっくりと吐息を吐いた。


 「……しおりの肌、また触れたくなるよ。

 ……今日、我慢したんだよ?」


 その声が、低くて、優しくて、でもどこか熱を孕んでいた。


「……俺、怖いんだ」


 ふいに彼がぽつりと言った。


 「しおりが本当に“望んでるのか”って、まだ確信が持てない」


 「……私……ちゃんと、好き。……ちゃんと、あなたに触れたいって思ってるよ?」


 その返事に、彼は小さく息を呑んだ。


 「ほんとに……?」


 「うん。でも、わたし、少しずつじゃないと、ダメだから……」


 「……わかってる。しおりのペースでいいよ」


 安心したように、彼の声がやわらかくなる。


 「……でも今夜は、声だけで、触れたことにしてもいい?」


 「……うん。……わたしも、あなたの声、好きだから」


しばらくの沈黙。


 でも、それは心地よい静けさだった。

 しおりはベッドの上で身体を小さく丸めて、イヤホンをぎゅっと耳に押し当てた。


 「しおり……胸、苦しくなったりしない?」


 「うん……でも、気持ちいい。……ドキドキしてるけど、なんか落ち着く」


 「俺、今、しおりを後ろから抱きしめてるって思ってる」


 「……うそ」


 「ホント。耳元で囁いてる。『かわいいよ、しおり』って……」


 言葉だけで、身体が熱くなる。


 「……明日も、会える?」


 「うん。俺がどこにいても、しおりのこと見てるよ」


通話が切れるころ、もう1時を過ぎていた。


 しおりはスマホを胸に抱き、目を閉じる。

 彼の声が、まだ耳の奥に残っている。


 (……一ノ瀬くんに……もっと触れてほしい)


 その想いが、次の夢の中へと繋がっていく。

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