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第2話 破砕機

 終幕管理局業務部業務課、通称「幕引き人」。

 西暦二〇三〇年現在、人類は地球を離れてスペースコロニーへ移住していた。それと平行して判明したのが、惑星インフィナムもといアカシックレコードに容量があり、限界を迎えようとしていることだった。

 人類はアカシックレコードの容量を減らすべく、各国ごとに対策へ乗り出した。

 日本では終幕管理局を設立して「幕引き人」たちを養成し、価値のない記憶を日々消去していた。しかし、敵対組織「幕開け人」にしてやられた。

 四年前に制定された「創造禁止法」へのひそかな反発が、彼らの用意した「物語」に触発されてふくれ上がった結果だ。

 こんなことになるとも知らず、深瀬も自分のデバイスに届いた「物語」をつい読んでしまった。選択肢が用意され、四つの空欄を埋めていくことでストーリーが完成する形式だったため、ゲーム感覚で操作してしまったのだ。

 後になって「幕開け人」の計画だったことに気づいたが、その時にはもう終幕管理局の業務一時停止の知らせが来ていた。


 オペレーターに寺石を紹介し、軽く話をしてから記憶還元室へ移動した。

 記憶の中へ入るには特殊な機械を使用する。リクライニングソファのような白い椅子が三つ並んだ装置はRAS、リクライナーアクセスシステムといった。

「麦嶋さん、座る位置って決まってた?」

 深瀬がたずねると麦嶋は首を振る。

「いえ、特に決まってませんでした」

「じゃあ、そうしようか。どこに座っても同じだしね」

 麦嶋は「はい」と返事をしてから、率先そっせんして左端へ向かう。

 深瀬も歩き出そうとしたが、寺石が緊張しているらしいことに気づいて振り返った。

「寺石くん、リラックスして。でないと中へ入れないよ」

「は、はいっ」

 返す声はかすかに裏返っており、深瀬は苦笑した。これでは虚構世界へ入るのに時間がかかりそうだ。

 アカシックレコード内部へ入るには、夢の中へ入る技術を応用する。簡単に言えば眠った状態になる必要があるのだが、緊張しているとなかなか入れない。

 オペレーターが三人の脳波を見ており、全員が浅い睡眠に入ったところで機械を操作する。そうして三人の意識は虚構世界、アカシックレコード内部へ侵入することができるのだ。

 深瀬は真ん中の装置へゆったりと腰をかけ、背もたれに体を預ける。

 まぶたを閉じて気持ちを落ち着かせていると、少し遅れて寺石が装置に座る気配がした。その後で、分かりやすく深呼吸をするのが聞こえた。


 虚構世界はゆらいでいた。

「うわ、ピカソかな」

 目に映る光景の異様さに口走った深瀬だが、すぐに首をかしげた。

「いや、違うな。ダリかもしれない」

 いずれにせよ、非現実的な世界が広がっている。

 虚構世界は想像の世界であるため、非現実的であるのは当然だが、これまでに見てきたものとは違って違和感があった。

 すぐ隣で麦嶋が不安そうに言う。

「空の色が途中で変わってるし、自動販売機が半分になってる……」

「地面もぐにゃぐにゃしてて歩きにくいっすね」

 と、寺石も嫌そうな表情だ。

 深瀬はため息をつき、二人へ言った。

「とりあえず住人を探そう。ゆらいでるから消えかかってる可能性も高いけど」

「こんなので分離できるんでしょうか?」

「さあ、やってみないと分からないね」

 麦嶋の疑問にそう返し、深瀬は住宅地と思しき方向へ歩き出す。

 すると、後ろから寺石がたずねた。

「武器、出しといた方がいいっすか?」

「うーん、どうだろう。消去する必要はないからなぁ」

 地面が安定しているところまで歩き、深瀬は足を止める。

「とりあえず、復習がてらやってみようか。寺石くん、破砕機はさいきを取り出して」

「はい!」

 気合のこもった返事をし、寺石は左右の拳をぎゅっと握った。肩幅程度に足を開き、腕を上げてボクシングのかまえを取る。その握りこぶしに黒いグローブ型の破砕機が現れる。

「自分のはこれ、グローブ型っす」

 言いながら軽くシャドーボクシングをしてみせる。なかなか様になっていて期待できそうだ。

「ボクシングやってるの?」

 と、麦嶋がたずねると寺石は笑顔でうなずいた。

「そうなんすよ、中学の時からっす」

「へぇ、そりゃすごい」

 素直に感心しながら深瀬は麦嶋を見る。

「麦嶋さんはクロスボウだっけ」

「はい。あたしはこれです」

 その場でまっすぐに立ち、麦嶋は右手を頭上へ掲げた。その手に現れたのはファンシーなおもちゃのような、薄桃色の小型クロスボウだ。

「えっ、なんか可愛い」

 驚きながら声を上げる寺石へ麦嶋は矢をセットしながら言う。

「撃つともっとすごいんだから」

 そう言って何も無い方向へ放ってみせた。飛んでいった矢が発光し、赤、青、緑と色を変えて軌跡を残す。

 寺石だけでなく深瀬も思わず見惚みとれてしまった。

「ゲーミングクロスボウだ! いいっすね!」

「ふふ、そうでしょう? 三柴さんのアイデアをもらったの」

「すげー!」

 明るい性格の麦嶋らしい武器だった。見た目にも常に気を遣い、毎日メイクを怠らない彼女にぴったりだ。

 半ば呆れて見せながら、深瀬は左手を腰へあてた。現れるのは細身の片手剣だ。

「ちなみに俺のはこれ。剣だよ」

 さやからすらりと抜いて見せると、二人の視線がこちらへ向く。

「うっわ、黒い剣だ!」

「かっこいい……!」

 深瀬は少し口角を上げてから剣を鞘へ戻した。かっこいいと言われるのは嬉しいが、刀身を黒くしたのには理由がある。

「さて、仕事に戻ろう。住人を探すんだ」

「そうでした!」

「早く見つけましょう」

 あらためて三人は歩き出し、住宅地を目指した。


 見つけた住人は様々だった。一組目は若い母親と幼い息子で、二組目は冒険者風の格好をした粗野そやな男と幼い少女、三組目は若い眼鏡めがねの青年と男子中学生だ。

「なんか一つ、明らかに異様なのがまじってる?」

 寺石がぽつりとつぶやき、深瀬は苦虫を噛みつぶす。

「おそらく、ここには三つの物語がある。一つは荒野を舞台にした冒険ものというか、ファンタジーもの。残り二つは現代日本を舞台にしたヒューマンドラマか何かだ」

「くっついてるのは全部、現代日本なんだと思ってました」

 と、麦嶋が言い、深瀬もうなずいた。

「俺もそうだと思ってた。けど、結合したせいで中身の情報もぐちゃぐちゃになってるんだ。管理部の人がそこまで読み取れなかったんだろうね」

 ただでさえアカシックレコードの情報は特殊言語に変換されている。とある研究者が宇宙ネットを通して検索する方法を開発したが、情報を読むには解読をする必要があった。

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