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第3話 記憶の分離

「で、どうやって分離するんすか?」

 寺石の疑問に深瀬は首をかしげたくなるのをこらえた。

「本来の形へ戻すんだから、まずは正しい組み合わせを見つける。それから、彼らがいるべき場所を特定して、どこかに境界線があると思うから、そこを攻撃すれば分離できるんじゃないかな?」

「境界線と言えば、さっきの自動販売機じゃないですか? 半分になってました」

 麦嶋がひらめき、深瀬はうなずいた。

「たしかにあれかもしれない。半分残ってる側から、景色が現代日本の住宅地になってたね」

「向こう側は荒野こうやだったから、あの変な格好の二人がいるべき場所ってことっすね」

 寺石が言い、深瀬は冒険者風の男に声をかけた。

「すみませんが、あなたの居場所はあちらの荒野のようです。本来の形へ戻すので、移動してもらえますか?」

 冒険者風の男はうなずき、深瀬はもう一人、明らかに日本風ではない衣装の男の子をうながす。

「君もあっちだね」

 男の子が冒険者風の男を追いかけて行き、深瀬は麦嶋と寺石を振り返った。

「俺たちも行くよ」

「はい」

 荒野に親子を残し、深瀬と麦嶋は住宅地の側へ立つ。

「この自販機の、半分になってるところが境界っすよね」

「ああ、地面を打つといいかもしれない。寺石くん、頼めるかい?」

「任せてください!」

 境界線上に寺石が立ち、自動販売機の前の地面に拳を打ち込んだ。衝撃で自販機が揺れ、地面が揺れて割れ始めた。

「わっ、わわ」

 寺石は荒野の側へ尻もちをつき、深瀬はすぐに叫ぶ。

「戻って、寺石くん!」

「はい!」

 割れ目はどんどん広がっていき、距離が遠くなる。荒野の物語が本来の形を取り戻しつつあるのが見えた。

 寺石は立ち上がると、助走をつけて勢いよくジャンプした。

 しなやかな動きに見惚れたのは一瞬で、次の瞬間には寺石がこちらへ着地した。しかし勢いをつけすぎたのか、よろけた拍子ひょうしに麦嶋を押し倒してしまった。

「きゃあ!?」

「わっ、すんません!」

 慌てて上半身を起こした寺石だが、麦嶋は呆然としているばかりだ。

 深瀬は苛立ち、すかさず二人の間に割って入った。寺石をひじで押しながら、麦嶋へ手を差し伸べる。

「大丈夫だったかい?」

「あ、はい」

 邪険にされた寺石は、立ち上がりながら首をかしげる。

「あれ? もしかして二人って、付き合ってます?」

 急激に顔が熱くなる。麦嶋を立ち上がらせたところで深瀬は冷静を装った。

「付き合ってないよ」

 残った住人の元へ戻ろうとする深瀬の背後に、麦嶋の声がかかった。

「あたし、いつでも深瀬さんの彼女になる準備、できてますから!」

 心臓が高鳴ると同時に鈍く痛む。深瀬は振り返らなかった。自分は彼女より八歳も年上なのだ。


「さて、やっと正しい組み合わせが見つかったな」

 ヒントを求めて情報を集めた結果、男子中学生は若い母親と、幼い女の子は眼鏡の青年と組み合わせるのが正しいようだと分かった。

 世界の境界線もだいたい見当がついたところで、ふと麦嶋が言う。

「あれ? 今、赤ちゃんの声しませんでした?」

「え?」

「赤ちゃんっすか?」

 目を丸くする深瀬と、首をかしげる寺石へ麦嶋は周囲を見回しながら返す。

「笑ってるような声です。きゃっきゃって」

 深瀬は絶望的な気持ちになり、頭が痛くなってきた。

「まずいな。住人がもう一人いたってことは、どちらなのか、はたまたあっちの住人だという可能性も……」

 すると、単純な寺石が言い出した。

「自分、その辺見てきます!」

 と、返事も聞かずに走り出す。

 深瀬は呆れて息をつき、その場にしゃがみこんだ。

「まったく、勝手な行動はつつしんでほしいな」

 麦嶋もその場にしゃがみながら苦笑する。

「深瀬さん優しいから、まだ班長って感じがしないのかも」

「それは辛いね。けど、まさか俺が班長になるなんて、思ってもなかったよ」

「年齢的には樋上さんの方が上ですもんね」

「一つだけな。考えてみれば、樋上さんに任せられない気持ちも分からなくはないけど」

「落ち込んでましたよね」

「あんなニュースが流れればなぁ……って、あれ? 麦嶋さん、気づいてたのかい?」

「当然ですよ。樋上さん、けっこう分かりやすいですし」

 ぐるりと回ってきたのだろう、寺石が行った方向とは反対側から戻って来た。

「いませんでしたよ、赤ちゃん」

「本当に? じゃあ、気のせいだったのかな」

 と、麦嶋が立ち上がる。

 深瀬も腰を上げて寺石を見た。

「それじゃあ、さっさと分離して戻ろう」


 オフィスへ戻ると、他の班もすでに戻ってきていた。

 深瀬は寺石へ報告書の書き方を教えるべく、彼の横へ立つ。

「報告書はここにテンプレートがあるから、これに記入して。ただし、保存をする時は必ず名前をつけてね。上書き保存したらテンプレートじゃなくなっちゃうから気を付けて」

「はい」

「ファイル名は今日の日付と自分の所属、名前、午前の仕事だからAMとつけるのも忘れずに」

「えっと、それじゃあどうすればいいんすか?」

「俺が打ち込むから見てて」

 表示したテンプレートに名前をつけて保存し、0917AM6B寺石と書く。

「日付が最初、次に午前か午後、所属、名前の順で」

「なるほど。覚えられますかね」

「覚えてもらわないと困ります」

 うっすら苦笑しながら返し、深瀬は次の説明へ入る。

「保存場所はここ、クラウドの六組の中。三人の報告書がそろったら、班長である俺が一つのフォルダにまとめて、虚構世界管理部へ送信する。それを管理部が見て、目標が報告書通りの状態にあるのを確認したら仕事終了だよ」

「確認したら、何か連絡が来るんですか?」

「電子メモの方に確認完了の連絡が来るよ。もっとも、それを見てから次の仕事へ行くわけじゃなく、その辺りはなあなあになってると思っていい」

「なあなあ?」

 寺石が首をかしげ、深瀬は苦笑いをこらえた。

「テキトーになってる、ってこと」

「ふぅん、そうなんすね」

「で、報告書の書き方だけど、さっきの虚構世界がどうなっていたか、そこで何をどんな風にやったかを書けばいい。やってみて」

「は、はい」

 寺石がキーボードへ手を置き、いくつか文字を打ち込んだ。しかしすぐにデリートし、なかなか進まない。

 どうやら寺石はあまり頭がよくないタイプの人間らしい。なんとなくそんな気がしていた深瀬は優しく言う。

「慣れるまでいろいろ試行錯誤していいよ」

「しこうさくご?」

 理解できなかったようで寺石が再び首をひねり、深瀬は言い換える。

「書き方を変えていいってこと。自分がやりやすい方法を、自分で見つけてくれればいい」

「……うーん、分からないけど分かりました」

「分かってないなら分かったって言わないでくれるか?」

 思わず苦い顔をする深瀬へ寺石は微妙な顔をする。

「いやあ、だって……」

 その先の言葉が続かず、どうも深瀬はやりづらさを覚えた。

「それじゃあ、今日は箇条かじょう書きでいいよ。俺ができるだけ細かく書くから、それで十分だろう」

「分かりました」

 深瀬はさっと自分のデスクへ戻り、パソコンを起動した。すぐに報告書のテンプレートを呼び出してキーボードを叩き始める。

 文章を書くのは得意だ。先ほどの虚構世界の様子や、どのように自分たちが行動したかを書くだけでいい。今回は意識して細部まで描写し、ふと深瀬は手を止めた。

 赤ちゃんの声がしたという麦嶋の言葉は、報告するべきだろうか?

 ちらりと彼女の方を見ると、すでに報告書を書き終えたようで伸びをしている。

「……」

 一応書いておくことにして、深瀬は再び文字を打ち始めた。

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