昼休みが始まり、深瀬は寺石を誘って食堂へ来ていた。職員数が四百人を超えるため、食堂のメニューも数多く取りそろえられている。定食や丼物からラーメンにそば、パスタなどの洋食もある。
深瀬は焼肉定食を選び、寺石はカツ丼にした。
席に向かい合って座り、食事を始めてから深瀬はたずねた。
「初仕事、どうだった? 感想は?」
「うーん、そうっすね……やっぱり、消去じゃないから変な感じでした」
と、素直に寺石が答え、深瀬は「同感だ」と返す。
「せっかく長い研修をしてきたのに、いざ実戦って時にやることが違うなんて、戸惑うよな」
「はい。守るはずのアカシックレコードも破裂しちゃったって言いますし」
「そうなんだよなぁ」
本来「幕引き人」はアカシックレコードを守る立場にあった。価値のない記憶を消すことで容量を減らし、破裂を阻止するのが仕事だったのだ。
「オレ、ヒーローになりたくて就職したのに、今の状況は全然意味分かんないっす」
どこか悲しそうな顔をする寺石に、深瀬はどんな言葉をかけるべきか迷った。ヒーローという言葉を
ふと意識を他に向けると、よく知った顔が二つ、席を探しているのが見えた。
「千葉くん、田村くん。こっち空いてるよ」
と、深瀬は二人を呼ぶ。気まずい空気を割りたかったのと、個人的に彼らのことが気になっていたため、ちょうどよかった。
千葉が「失礼します」と、にこやかに深瀬の隣へ腰を下ろし、田村は黙って寺石の隣へ座る。
二人とも寺石に気づいていたようで、すぐに千葉が名乗った。
「C班の
身長は六組の中でもっとも高く、眼鏡をかけていて体格もいい。いかにも真面目な文武両道タイプの青年だ。
「同じくC班の
一方、こちらは深瀬と変わらない身長に、ほっそりとした体で色も白い。
「よろしくお願いします」
その場で寺石が軽く頭を下げ、深瀬はさっそく千葉へ問う。
「そっち、どうだった? うまく分離できたかい?」
「ええ、なんとか。ですが、以前よりも時間がかかりますね」
と、千葉は
「ああ、前みたいにさっさと消せばいいわけじゃないもんな。まずは状態を確かめて、住人を見つけて、正しい組み合わせを推理して、それからやっと分離作業だ」
「楓なんて、めんどくさがってモチベーションゼロですよ」
千葉が
「だって全然楽しくねぇんだから、仕方ないだろ」
深瀬は苦笑し、寺石へ分かるように伝える。
「田村くんは虚構の住人を消すのが得意でね。うちへ配属されてからまだ一年なのに、もう千五百人以上を消したんだ」
「えっ、すげぇ! もしかして、死神っすか!?」
「はあ?」
田村が不機嫌そうに目を細めてにらむが、寺石はちっとも効いていない様子で言う。
「でっかい鎌で一気に消しちゃうんでしょう? すげー人がいるって聞いて、憧れてたんです!」
「お、おう、そうか……」
目をキラキラさせる寺石に、田村は
「田村先輩と一緒の六組になれて、ガチ嬉しいっす!」
「それはいいけど、うるせぇよ。カツ丼、冷めてっぞ」
「あ、はいっ」
慌てて寺石が食事に戻り、深瀬はちらりと千葉を見た。
「舞原さんとはうまくやれそうかい?」
「ええ、土屋さんのように怒られることがないので」
と、千葉が笑みを返すが田村は言う。
「オレはなんか嫌っすね。土屋さんの方が気が合ったかもしれないっす」
「そう? 舞原さん、だいぶ優しいと思うけど」
深瀬が少し首をかしげると千葉がたずねた。
「深瀬さんって、舞原さんと組んだことあるんでしたっけ?」
「うん、あるよ。六組に配属された最初の時、一緒の班だったんだ。あの人はわりと、自分から突っ込んでいくタイプだから、そういう意味では振り回されたりもしたけどね」
くすりと軽く笑い、深瀬は田村を見た。
「たぶん、田村くんをサポートするのに舞原さんが選ばれたんだと思う。うちの大事なエースだからね」
ぽかんとする彼の隣で、寺石が「エースかっけぇー!」と目を輝かせる。
田村は思うところがあった様子でうつむき、小さな声で言った。
「そういうことなら、少しは頑張ります」
「うん、それがいいね。くれぐれも、寺石くんに追い越されないようにね」
深瀬がにっこりと笑い、田村は寺石と顔を見合わせる。
「お前、研修中の成績よかったのか?」
「はいっ! 座学は二十位でしたけど、実践は一位っす!」
驚く田村へ深瀬が追い打ちをかける。
「寺石くん、ボクシングやってるんだって。運動神経はいいし、パンチも力強かったよ」
「楓にはいい刺激になるかもな」
千葉がにやりと笑い、田村は負けず嫌いを
「ふん、オレのが強いに決まってんだろ」
「自分もそう思います。千五百なんてすげーっすもん!」
寺石に言われて面食らったようだ。田村は苦い顔をしつつ、黙って食事に集中し始めた。
深瀬が心配していたのとは裏腹に、千葉も田村も平気そうだ。やはり一番の気がかりは樋上だった。
和やかに昼食を終えてオフィスへ戻る途中、深瀬は何気なくたずねた。
「さっき、ヒーローって言ってたけど」
「あ、はい。自分、昔からヒーローに憧れてるんっす」
隣を歩く寺石が明るい調子で答え、深瀬はまぶしいなと思う。純粋なのはいいことだ。過去の自分と比べてみて心からそう思う。
「アニメや映画のヒーローみたく、自分も世界を救いたくて」
「世界を救う、か。その前に壊されちゃったみたいなのが残念だな」
「そうなんすよねぇ。けど、だったら『幕開け人』を捕まえたらいいんじゃないすか?」
前を歩いていた千葉と田村がこちらを気にするように振り返る。
かまわずに深瀬は自分の考えを述べた。
「無理だと思うよ。今はあちこちで記憶が結合してるんだから、『幕開け人』に関する記憶も、他と結合して分からなくなってるよ」
「あー、そっか。
「いや、
「すみません……体を動かすのは、けっこう自信あるんすけど」
笑ってごまかす寺石に内心で呆れつつ、深瀬は視線を前へ向けた。
「すごかったもんね、さっきのジャンプ。ちょっと勢いがよすぎたけど」
自然と嫌味に力が入る。寺石は深瀬の気持ちを察しているのかいないのか、申し訳無さそうにしながら言った。
「ええ、ちょっと自分、焦っちゃって。中学と高校は陸上部だったんで、走ったり跳んだりするのは得意なんですけど、着地は失敗しちゃいました」
「なるほど」
これまで六組にいなかったタイプだ。寺石がどんな風に成長するか、少し楽しみになった。