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第4話 先輩と後輩

 昼休みが始まり、深瀬は寺石を誘って食堂へ来ていた。職員数が四百人を超えるため、食堂のメニューも数多く取りそろえられている。定食や丼物からラーメンにそば、パスタなどの洋食もある。

 深瀬は焼肉定食を選び、寺石はカツ丼にした。

 席に向かい合って座り、食事を始めてから深瀬はたずねた。

「初仕事、どうだった? 感想は?」

「うーん、そうっすね……やっぱり、消去じゃないから変な感じでした」

 と、素直に寺石が答え、深瀬は「同感だ」と返す。

「せっかく長い研修をしてきたのに、いざ実戦って時にやることが違うなんて、戸惑うよな」

「はい。守るはずのアカシックレコードも破裂しちゃったって言いますし」

「そうなんだよなぁ」

 本来「幕引き人」はアカシックレコードを守る立場にあった。価値のない記憶を消すことで容量を減らし、破裂を阻止するのが仕事だったのだ。

「オレ、ヒーローになりたくて就職したのに、今の状況は全然意味分かんないっす」

 どこか悲しそうな顔をする寺石に、深瀬はどんな言葉をかけるべきか迷った。ヒーローという言葉を詮索せんさくするか、それとも意味分かんないに対してフォローをするべきか。

 ふと意識を他に向けると、よく知った顔が二つ、席を探しているのが見えた。

「千葉くん、田村くん。こっち空いてるよ」

 と、深瀬は二人を呼ぶ。気まずい空気を割りたかったのと、個人的に彼らのことが気になっていたため、ちょうどよかった。

 千葉が「失礼します」と、にこやかに深瀬の隣へ腰を下ろし、田村は黙って寺石の隣へ座る。

 二人とも寺石に気づいていたようで、すぐに千葉が名乗った。

「C班の千葉航太ちばこうただ、よろしく」

 身長は六組の中でもっとも高く、眼鏡をかけていて体格もいい。いかにも真面目な文武両道タイプの青年だ。

「同じくC班の田村楓たむらかえでっす。よろしく」

 一方、こちらは深瀬と変わらない身長に、ほっそりとした体で色も白い。特筆とくひつすべきは前髪のアシンメトリーと、両耳にシルバーのピアスをいくつも装着している点だ。彼は見た目からしてヤンキーだった。

「よろしくお願いします」

 その場で寺石が軽く頭を下げ、深瀬はさっそく千葉へ問う。

「そっち、どうだった? うまく分離できたかい?」

「ええ、なんとか。ですが、以前よりも時間がかかりますね」

 と、千葉ははしを手に取る。彼の昼食は醤油ラーメンだ。

「ああ、前みたいにさっさと消せばいいわけじゃないもんな。まずは状態を確かめて、住人を見つけて、正しい組み合わせを推理して、それからやっと分離作業だ」

「楓なんて、めんどくさがってモチベーションゼロですよ」

 千葉が揶揄やゆするように言うと、田村がすかさず口を開いた。

「だって全然楽しくねぇんだから、仕方ないだろ」

 深瀬は苦笑し、寺石へ分かるように伝える。

「田村くんは虚構の住人を消すのが得意でね。うちへ配属されてからまだ一年なのに、もう千五百人以上を消したんだ」

「えっ、すげぇ! もしかして、死神っすか!?」

「はあ?」

 田村が不機嫌そうに目を細めてにらむが、寺石はちっとも効いていない様子で言う。

「でっかい鎌で一気に消しちゃうんでしょう? すげー人がいるって聞いて、憧れてたんです!」

「お、おう、そうか……」

 目をキラキラさせる寺石に、田村は気圧けおされた様子だ。

「田村先輩と一緒の六組になれて、ガチ嬉しいっす!」

「それはいいけど、うるせぇよ。カツ丼、冷めてっぞ」

「あ、はいっ」

 慌てて寺石が食事に戻り、深瀬はちらりと千葉を見た。

「舞原さんとはうまくやれそうかい?」

「ええ、土屋さんのように怒られることがないので」

 と、千葉が笑みを返すが田村は言う。

「オレはなんか嫌っすね。土屋さんの方が気が合ったかもしれないっす」

「そう? 舞原さん、だいぶ優しいと思うけど」

 深瀬が少し首をかしげると千葉がたずねた。

「深瀬さんって、舞原さんと組んだことあるんでしたっけ?」

「うん、あるよ。六組に配属された最初の時、一緒の班だったんだ。あの人はわりと、自分から突っ込んでいくタイプだから、そういう意味では振り回されたりもしたけどね」

 くすりと軽く笑い、深瀬は田村を見た。

「たぶん、田村くんをサポートするのに舞原さんが選ばれたんだと思う。うちの大事なエースだからね」

 ぽかんとする彼の隣で、寺石が「エースかっけぇー!」と目を輝かせる。

 田村は思うところがあった様子でうつむき、小さな声で言った。

「そういうことなら、少しは頑張ります」

「うん、それがいいね。くれぐれも、寺石くんに追い越されないようにね」

 深瀬がにっこりと笑い、田村は寺石と顔を見合わせる。

「お前、研修中の成績よかったのか?」

「はいっ! 座学は二十位でしたけど、実践は一位っす!」

 驚く田村へ深瀬が追い打ちをかける。

「寺石くん、ボクシングやってるんだって。運動神経はいいし、パンチも力強かったよ」

「楓にはいい刺激になるかもな」

 千葉がにやりと笑い、田村は負けず嫌いを発揮はっきした。

「ふん、オレのが強いに決まってんだろ」

「自分もそう思います。千五百なんてすげーっすもん!」

 寺石に言われて面食らったようだ。田村は苦い顔をしつつ、黙って食事に集中し始めた。

 深瀬が心配していたのとは裏腹に、千葉も田村も平気そうだ。やはり一番の気がかりは樋上だった。


 和やかに昼食を終えてオフィスへ戻る途中、深瀬は何気なくたずねた。

「さっき、ヒーローって言ってたけど」

「あ、はい。自分、昔からヒーローに憧れてるんっす」

 隣を歩く寺石が明るい調子で答え、深瀬はまぶしいなと思う。純粋なのはいいことだ。過去の自分と比べてみて心からそう思う。

「アニメや映画のヒーローみたく、自分も世界を救いたくて」

「世界を救う、か。その前に壊されちゃったみたいなのが残念だな」

「そうなんすよねぇ。けど、だったら『幕開け人』を捕まえたらいいんじゃないすか?」

 前を歩いていた千葉と田村がこちらを気にするように振り返る。

 かまわずに深瀬は自分の考えを述べた。

「無理だと思うよ。今はあちこちで記憶が結合してるんだから、『幕開け人』に関する記憶も、他と結合して分からなくなってるよ」

「あー、そっか。懐旧かいきゅう記憶でしたっけ」

「いや、些事さじ記憶だね。寺石くん、本当に座学はダメっぽいね」

「すみません……体を動かすのは、けっこう自信あるんすけど」

 笑ってごまかす寺石に内心で呆れつつ、深瀬は視線を前へ向けた。

「すごかったもんね、さっきのジャンプ。ちょっと勢いがよすぎたけど」

 自然と嫌味に力が入る。寺石は深瀬の気持ちを察しているのかいないのか、申し訳無さそうにしながら言った。

「ええ、ちょっと自分、焦っちゃって。中学と高校は陸上部だったんで、走ったり跳んだりするのは得意なんですけど、着地は失敗しちゃいました」

「なるほど」

 これまで六組にいなかったタイプだ。寺石がどんな風に成長するか、少し楽しみになった。

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