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第5話 学園もの

 数日が経ち、仕事を効率よく進める方法がだんだんと分かってきた。

 寺石もまた六組に馴染なじみ始めており、特に田村にはなついているようで、よく話しているのを見かける。

「みんな、聞いてくれ」

 始業開始のベルが鳴ったところで、主任の灰塚が声をかけた。

「虚構世界管理部からの連絡で、どうやら幽霊の報告が多数上がっているらしい」

 深瀬はきょとんとするが、麦嶋が怖がる様子を見せた。他にも三柴と田村も顔を強張こわばらせている。

「主な報告内容は、赤ん坊の声を聞いた、赤ん坊が現れたと思ったら次の瞬間にはいなくなっていた、といったものだ」

 麦嶋がはっと息を呑み、深瀬も思い当たる。初日に麦嶋が聞いた声もまた、幽霊だったのかもしれない。

「それっぽいものを見かけたら、必ず報告書に書くように。以上だ、仕事を始めてくれ」

「はい」

 何人かが返事をし、深瀬はいつものように二人を呼んだ。

「麦嶋さん、寺石くん」

 すぐに二人がやってきて、深瀬はまずたずねた。

「さっきの話だけど、麦嶋さん、前に赤ちゃんの声を聞いたことがあったね」

「は、はい……まさか、幽霊だなんて」

「今はまだ情報を集めてる段階みたいだから、そんなに気にしなくていいと思う。けど、それっぽいものを見つけたら、二人ともすぐ教えるように」

「はい」

 寺石がいつも通り、元気よく返事をしてから首をかしげた。

「でも、幽霊って変じゃないすか?」

「現れたと思ったら消えたんだ。そこから幽霊と呼ばれているだけで、実態は他にちゃんとあるはずだよ」

「そうっすよね」

「というわけだから、仕事の話をしよう。まず向かうのは、学校みたいだね。学園ものの世界だ」

 と、深瀬は電子メモパッドに表示された情報を見る。

「結合しているのは三つで、これまでと同じように正しい組み合わせを見つけて分離すればいい。質問はあるかい?」

 麦嶋と寺石がそれぞれに首を振り、深瀬はうなずいた。

「それじゃあ、向かおう」


 虚構世界に入るなり、深瀬たちは校内にいた。窓の外から様子を見ると、どうやら外には何も存在していないらしい。木々がいくつか見えるばかりで、その先には何もなかった。

「何か、気味悪くありません?」

 怖気づいた様子で麦嶋が言い、深瀬は返す。

「うん、やけに薄暗いね。怖いなら無理はしないで」

「は、はい……」

 一方で寺石は近くの教室を開けては中をのぞき見ていた。

「誰もいないっすねー」

「廊下の電気がついてないし、時間は夜なのかもしれない」

「じゃあ、住人はいないのでは?」

「いや、それはないはずだ。とにかく探そう」

 と、深瀬は廊下を歩き出す。

 黄昏時たそがれどきと思しき静かな校内。どの教室にも生徒はおらず、部活動をしていると思しき活気もない。

 見つけた階段を下りてみると、どこからか物音がした。机が床へ倒れるような、物々しい音だ。

「あっちです!」

 と、寺石が駆け出し、深瀬は麦嶋を気遣きづかいながら後を追う。

 奥の教室に寺石が飛び込んだ。

「見つけた!」

 薄暗い室内で、一人の男子生徒が床にうずくまっていた。その前にいるのはガラの悪い男子生徒だ。

「わ、わ、悪いことしちゃダメっす!」

 と、寺石が二人の間に入り、いじめられっ子と思われる方をかばう。

「大丈夫? 怪我はない?」

「だ、だいじょうぶ、です……いつものこと、なので」

 弱々しく答える男子生徒を立ち上がらせ、寺石はいじめっ子をにらんだ。

「すみませんが、一緒に来てもらっていいすか?」

「はあ? 何でだよ」

「そ、それは、その……」

 言葉に詰まる寺石を見て、深瀬は踏み出した。

「君たちを助けに来たんだ。世界は今、混乱してぐちゃぐちゃになっていてね。君のいじめている相手は、君とは別の世界の人かもしれない」

 いじめっ子は怪訝けげんな顔で首をかしげながらも言う。

「そういうことか。こいつ、誰なんだよ」

「やっぱりね。それにしても、知らない相手をいじめてたのか?」

「だってムカつくんだもん」

 幼稚な言い訳をする彼に苦笑をしつつ、深瀬は返した。

「それじゃあ、君の名前は?」

「名前……? クソ、思い出せねぇ」

 いじめっ子が悔しそうに顔をゆがめた。どうやら自分の設定すら思い出せないようだ。これも結合したせいだろう。設定という情報がまざってしまって、分からなくなっているのだ。

「分かった。じゃあ、俺たちと来てもらえるかい? 君を正しい世界に戻したいからね」

「……分かった」

 安心して深瀬は歩き出すが、寺石はすっかりいじめられっ子の味方だ。

 麦嶋はそんな彼と、ふてくされているいじめっ子とを微妙な顔で見ていた。


 その後、同様にいじめっ子といじめられっ子を見つけ、深瀬たちは何も置かれていない空き教室で住人たちと向かい合った。

「制服で分かるかと思ったんだけどな」

 一組目は両方男子生徒で、二組目は両方女子生徒、三組目は男女だった。全員着ている制服が異なっており、共通点を見出すのが難しい。

「一人はワイシャツだけで上着なし、もう一人は紺のブレザーで、もう一人は学ラン。女子はセーラー服にブレザーにワンピース。どうしてこうも違うんすか?」

 どこか苛立った調子で寺石がたずね、麦嶋が口を出す。

「いじめられてる方は転校生なのかもしれない。だから制服がそろってないんだよ」

「だとしても、胸糞むなくそ悪いんでさっさと終わらせたいっす」

 どうやら寺石はいじめっ子といじめられっ子という組み合わせが許せない様子だ。しかし、学園モノにはありがちな設定である。

「落ち着いて考えよう、寺石くん。麦嶋さんの言うように転校生であれば、制服が違うことにはうなずけるんだ。それを前提として情報を集めよう」

 冷静に深瀬は言ったが、寺石の苛立ちは収まらない様子だ。

 心配になる深瀬だが、後回しにして思考回路を働かせる。

「まず、この校舎が三つくっついた、異様な形なのは分かったね」

「やけに長い廊下と、ひたすら教室があるだけで、職員室とかが見つからないことですよね」

 麦嶋が言い、深瀬はうなずく。

「ああ、そうだ。階段はあるけどフロアは二階しかなかったのも変だ」

「それと窓の外、季節が全部違いましたね」

「そう。桜が見える窓と、緑が生い茂る窓、紅葉が見える窓があった」

「季節は春、夏、秋」

「確実に夏だと言えるのは、セーラー服の彼女だね」

 深瀬は半袖のセーラー服を着た女子生徒に目を留める。

「ワイシャツだけの彼も、夏かもしれません」

 落ち着いた様子で麦嶋が言い、深瀬は考える。

「たしかにありうるけど、春や秋でも上着を着ない生徒はいる。難しいところだね」

 するといじめっ子の女子が舌打ちをした。いじめられっ子三人がびくっとし、寺石がとっさに声を出す。

「大人しくしててくださいって言ったじゃないすか!」

「はあ? ただ舌打ちしただけじゃん」

 いかにも嫌そうな顔をして女子生徒は言い返し、寺石が拳を握りしめる。

「寺石くん、落ち着いて」

 深瀬はなだめるように声をかけるが、寺石の目には怒りがにじんでいた。どうも彼はいじめられっ子をかばいすぎる。

 すると麦嶋がひらめいた。

「そうだ! どのいじめっ子に強く反応するか、見てみたらいいんじゃないでしょうか?」

「何言ってるんすか!?」

 寺石の矛先ほこさきが麦嶋へ向き、深瀬は慌てて彼女の前に立つ。

「落ち着けって言ってるだろ。ここは虚構なんだ、架空の世界でフィクションなんだよ」

「だとしても許せねぇっす!」

「私情をはさむな」

 深瀬が意識して低い声を出すと、寺石がびくっと肩を震わせた。

「お前、いじめられてたんだろう? だからいじめられっ子に感情移入して、いじめっ子が許せないんだ。違うか?」

「っ……」

 視線をそらして寺石は黙り込む。握った拳が小刻みに震えていた。

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