その日、午後の店はいつもより静かだった。兄たちがカウンターの奥で腕を組んでいる。
眉間にしわを寄せて、ちょっと偉そうな顔をしていた。
「……お兄ちゃんたち、どうしたの?」
「俺たち、もう親の言うことは聞かないぜ。」
「おやつも、いつもより多く食べちゃうんだぜ。」
そう言いながら、クッキーの箱を抱えてぼりぼり食べている。
私が首をかしげていると、兄たちは笑って一枚くれた。
「ほら、ネセレも食べな。」
「ありがとう……優しいね。」
母が台所からちらりと見て苦笑いし、護衛のおじさんは「お前ら、そんなことで反抗期か?」と肩を揺らして笑っていた。
◇◇◇
そのとき、ドアがきぃっと開いて、小さな男の子が入ってきた。
肩を落として、手には割れたコップのかけらを大事そうに握りしめている。
「こんにちは……。」
「いらっしゃい。どうしたの?」
「……お母さんの大事なコップ、割っちゃったんだ。」
男の子の目には涙がたまっていた。
兄たちはクッキーを口に入れたまま顔を見合わせ、「そりゃまずいな……」とぼそり。
私は優しく笑って言った。
「大丈夫、直せるよ。」
◇◇◇
作業台の上にコップのかけらをそっと並べ、両手をかざす。
お母さんと一緒に使っていた思い出が、きっとこのコップには染み込んでいる。
だから、その気持ちをこめて――
「等価交換……元通りのコップに!」
光がふわりと包み、かけらが吸い寄せられていく。
やがて現れたのは、ひびひとつない綺麗なコップ。
男の子が目を見開いて手を伸ばす。
「……ほんとに、直った……!」
「これで、お母さんに謝って、一緒に使えるね。」
男の子はぎゅっとコップを抱きしめ、「ありがとう……!絶対、仲直りする!」と駆け出していった。
◇◇◇
兄たちは黙ってクッキーをかじりながら、その背中を見送っていた。そしてぽつりとつぶやく。
「……俺たちも、ちゃんとお母さんに謝るか。」
「そうだな。」
私は思わず笑ってしまった。クッキーの甘さと、胸の温かさが混じり合って、春の午後の光がやさしくお店を包んでいた。
ネセレ、6歳。反抗期気分のお兄ちゃんたちとともに、壊れたコップを直して一つの仲直りを生んだ春の出来事である。