案内されたのは、広いひろい食堂だった。
アニメでしか見たことないような、長いテーブル。
赤い椅子に、暖炉や絵画が飾られている。
ゆらゆらと揺れる、シャンデリアの灯り。
ここがどこなのかわからないけど、すごくお金持ちのお屋敷なんだろうなぁ……
アレクシスさんはすでに席に腰掛けていた。
長いテーブルの隅の方に。
彼は椅子から立ち上がると、向かい側を手で示して言った。
「莉央さん、こちらにお掛けください」
「はい」
椅子に近づくと、メイドさんが椅子を引いてくれる。
「ありがとうございます」
礼をつげ、私は椅子に腰掛けた。
すると、料理が運ばれてくる。
コース料理みたいで、前菜にスープと続く。
用意された飲み物はワイングラスに入っていて、私はおそるおそる、中身について尋ねた。
「あぁ、ワインですよ」
「てことはお酒……」
「そうです」
その答えに私は首を振り、飲めないことを伝えた。
だって私、十八だもの。
「ああ、そうなんですね。ではお茶を用意させます」
よかった、気がついて。
料理を食べながら、私は疑問に思っていることを尋ねた。
「あの……聖女がいるなら勇者もいたわけですよね? 勇者はどうなったんですか?」
すると、アレクシスさんはフォークを置き、こちらをじっと見つめて言った。
「勇者は……僕の祖父でした」
「祖父?」
待てよ?
私はひいおばあちゃんなのに、祖父……?
「祖父は、聖女を呼び戻すために手を尽くしたそうです。それでなかなか結婚しなかったと。けれどどうやっても聖女は呼び戻せなかった。だから婚期が遅れたと聞いています」
あぁそうか。
勇者は聖女が好きだったのね。だから諦めず、結婚しないで呼び戻そうとした。でも、できなかったんだ。
「だから、同じ方法で貴方を呼び寄せることができて驚きました。そうなるとなぜ、今まで聖女を呼び戻す事ができなかったのかと」
「代償……だからじゃないですかね。ひいおばあちゃん、言ってたから。魔王を封じるのに代償が必要だった。それでひいおばあちゃんは異界に送られたって」
おばあちゃんはその事を後悔していなかったみたいだけど。
「なるほど……だから呼び戻せなかったと……」
「そういうことだと思います」
勇者は諦めなかったのか……ロマンチックに感じるけど哀しい話でもあるわよね。
「アレクシスさん、その、魔王の城ってどこにあるんですか?」
「ここから汽車で移動して、二日ほどですね。観光地なので、移動にはさほど時間はかからないです。道も整備されてますし」
だから何なのよ、魔王城を観光地にしちゃうその発想。
心の中のもうひとりの私が横転してるわよ。
「人気、なんですね」
苦笑浮かべて言うと、アレクシスさんは頷く。
「はい、とても大事な観光資源ですよ。魔王の城の地下でとれる鉱石で作ったネックレスが、御守としてとても人気です」
商魂たくましいわね、ほんと。
その話だけだとほんと、危険を感じないなあ。
「魔王の椅子に座れますし、封印の間にも入って見学ができます」
……ほんと、私の想像の斜め上すぎてどう反応したらいいかわからないのよ。
「封印の間に近づけるんですか?」
「ええ、危険はないですからね」
と、笑顔で言われる。
まあ、封印されてるものね。
「我々でも封印をとくことは不可能なのです。だから誰かが封印を解く心配もありません」
「そ……そうなんですね」
だから誰でも近づき放題なのか。
驚きしたかない。
「そこに行って、私は封印をし直せばいいんですか?」
「はい、それだけでいいはずです」
「封じたら私……帰れますか?」
すると、空気がピーン、と張り詰めた。
私はアレクシスさんの顔をじっと見る。
この沈黙が全てを物語っている。帰れる保証、ないんだろうな……
それはそうよね、ひいおばあちゃんは帰れなかったんだもの。
あー……私の人生、どうなるんだろう。
虚無の心になっていると、アレクシスさんがふかく頭を下げた。
「申し訳ないです。必ず貴方を元の世界に帰す、とお約束できなくて。勝手に呼び出して、魔王を封じろと言われても困惑するだけだと思います。僕には、そうするしか方法がなかったのです。そのペンダントは、魔王の力を封じるために神から与えられた特別な物。だからどうしても、そのペンダントとその力を扱える聖女が必要だったんです」
苦しげな声で、アレクシスさんが言う。
そんな話されると、胸が苦しくなるなぁ。それはアレクシスさんも一緒なのか。
にしても、こういう時って、お願いだから魔王封じて、とか必死に頼むものかと思ったけど違うのね。
まさか謝られるとは思わなかった。
そして、こんな態度でこられて断れるほど私、ず太くもないのよ。
私は手に持つフォークをぎゅっと握る。
手の中には汗が溜まっていて、緊張しているのがわかった。
放っておくわけにはいかないよね。ここはひいおばあちゃんが生まれて育った世界。
おとぎ話ではすごくきれいで、かつてはドラゴンもいたとか言っていたっけ。
でもその世界が今、危ないんだ。
私はすっと息を吸い、決意を込めて告げた。
「わかりました……あの、私、やります」
出た声は震えていて、上ずっている。
あぁ、いっちゃった。もう後戻りはできないわね。
すると、アレクシスさんはばっと顔をあげて驚きの顔をみせる。
「本当に……?」
「はい……私、子供の頃ひいおばあちゃんと約束したんです。『魔王を倒す』って。だから……倒すのは無理かもだけど、お手伝いができるなら、やります」
どうせ帰れないのならやれることやるわよ。
じゃなくちゃ、私が召喚された意味、無くなるもの。
アレクシスさんはまた頭を下げ、
「ありがとうございます」
と、震える声で言った。