目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

メリーさんはどこにいる?

「私メリークリスマスさん! 今あなたの後ろにいるの!」


「私メリークリスマスさん! 今あなたの後ろにいるの!」


「私メリークリスマスさん! お前の後ろにいるっつってんだろーがァァァ! 止まりやがれ生贄がァァァァァァァ!」


「助けてくれーッッッ!!!!!!」


 日系古代ローマ人、ドナテラ・怒鳴ッテラは死ぬ気で走っていた。


 スマホ、スマートウォッチ、街頭テレビジョン、通りすがりの人の骨伝導イヤホンからもメリークリスマスさんを名乗る恐怖存在の声が聞こえてくる。


 当然、そいつは今もドナテラの真後ろで全力疾走をかましている。見た目はクリスマスツリーである。マッスルアームズとマッチョレッグスを生やした筋肉もりもりのクリスマスツリーが裸足で無限に追跡してきているのである!


「私メリークリスマスさん! あなたの内臓を摘出したいの!!!」


「お前にくれてやる内臓は無いぞう!」


「いいや、ある! 無くても奪う! デスゲームだろうがギャンブルだろうがありとあらゆる方法を使って奪い取る! 貴様の内臓を高値で売り払ってチキンと年越しそばとスイッチ2を購入してやるッ!」


「お母さんに言え―――――――――ッ!」


「欲しいのはお前の遺影―――――――――ッ!」


 叫び返すのも限界だ。ドナテラは爆発しそうな心臓と、爆発しそうな肺と、初日の出を迎えそうなほど痛い脇腹を抱えて必死で走る。


 なんであんな異常クリスマスツリーに追い回されないといけないのだろう。入院中の妹のため、真面目にがんばっていただけなのに。


 真面目に迷惑な客を解体し、真面目に迷惑な政治家を公共放送で生きたまま人間シュレッダーにかけ、真面目にインフルエンサーのスナッフビデオを撮影し、真面目に宝くじを買っていただけなのに!


 しかしメリークリスマスさんは余裕であった。雪の中、全力疾走し続けながら、自作の歌を歌えるほどに。


「パッパラパッパッパー!!! わったしーはメェェェェルィィィィィクッリッスッマッスゥゥゥゥゥッゥ! あーなたーをこーろしてじーごくーいきー!!!!」


 ドナテラも負けじと祈りの歌を歌い始める。


「We wish a Merry Xmas! We wish a Merry Xmas! We wish a Merry Xmas! アンハッピーニューイヤー!!」


 ドナテラは歌いながら通りすがりの交番に飛び込んだ! ふたりの警官が犯罪者を逆さづりにしてローストしている!


「助けてください! 変なクリスマスツリーに追われているんです!」


「何ぃ? クリスマスツリーだとぉ?」


「ケッ、クリスマスだってのに、どいつもこいつもご苦労なことだぜ。ちょうどいい! ツリーが足りなかったところなんだ。サンタさんへの手土産にしてやるぜ」


 警官はクリスマス仕様になった赤白ストライプ特殊警棒を抜き放つ。その間にドナテラは裏口から飛び出した。程なくして、交番の中から悲鳴が聞こえた。


 警官たちは死んだ。交番から飛び出してきたメリークリスマスさんが担ぐ、謎のクリスマス用ジャイアント靴下を見るまでもなく、ドナテラはそれを察した。


 ドナテラは次にその辺にあったヤクザ事務所に蹴り込んだ! 中では複数人のヤクザが焼き債務者を取り囲んで酒を飲んでいる!


「メリークリスマス! サンタさんのおとどけです!」


「サンタさんじゃとォ?」


「おどれェ、どこの組のトナカイじゃ! 返答如何によっちゃ、お前んとこの組長にお前の首をクリスマスプレゼントするでェ!」


 即座にドスやチャカを抜くヤクザたち。そこへ飛び込むメリークリスマスさん! マッチョな手足の生えたクリスマスツリーの登場により、硬直するヤクザたち。ドナテラはヤクザの間をすり抜け、窓を蹴り砕いて飛び出した!


 ヤクザ事務所から銃声! 怒声! そして悲鳴!


 ヤクザたちは死んだのだ。事務所が静かになるまで三秒とかからなかった。


「クソ、なんて戦闘力だ! だったら戦闘力以外で勝つ!」


 ドナテラは通りすがりの救急車に飛びついた。これで少しは距離が取れるはず。そう思った瞬間、救急車の後ろが開き、あのクリスマスツリーが姿を現した。


「私メリークリスマスさん! 道路交通の安全を守りたい!」


「ウワ―――――――――――――――――――――――――――ッ!?」


 ドナテラは即座に飛び降りた。メリークリスマスさんを乗せた救急車は病院地下に突入していく。ドナテラは心臓が核ミサイルに変化して世界中にバラまかれるぐらい驚いたものの、これをチャンスと考えた。


 すぐさま病院に突撃し、エンカウントした看護師や医師をストリートファイトで撃破していく。そして適当なところに立て看板をたくさん突き刺す。


『この辺にケガ人がたくさんいます』


 これであのクリスマスツリーの気を引き、なんとか逃げおおせるのだ。あの無慈悲なクリスマスツリーもこれで……。


「いや待て、待つんだ。ここは……見覚えがあるぞ!?」


 ドナテラは辺りを見回した。見覚えがあるどころではない。見慣れたロビー、見慣れた患者、見慣れた闇医者絶対ぶっ殺すゾーン。ここはドナテラの妹が入院している病院だ! 必死過ぎて気付かなかった!


「ってことは……まずい! アネーキ!!」


 ドナテラは妹の名前を叫び、彼女の病室へと向かう。妹は内臓を患っていて危篤状態。ベッドから起き上がることもままならないのだ。自分が守らねば!


「アネーキいいいいいいいいいいい!」


 ドナテラが病室の扉を開けた瞬間、信じられない光景が目に飛び込んできた。


 寝たきりを余儀なくされていたはずの妹がピンピンしており、あのクリスマスツリーにプロレス技をかけていたのだ!


「あ、お姉ちゃん!」


「アネーキ⁉ お前、それは……一体!」


 ドナテラが瞠目する中、メリークリスマスさんは床を叩いた。


「ぐわああああ! ギブ、ギブだ! 私の負けだーッ!」


「カンカンカンカン! やったぁ!」


 アネーキはメリークリスマスさんを解放して立ち上がり、ドナテラの方へやって来た。そしてドナテラの両手をつかみ、ジャンプする。危篤とはとても思えない元気さだ。


「お姉ちゃん、見て見て! 私立てる! S.T.F.ステップオーバー・トーホールド・フェイスロックもできるようになったんだよ!」


 ドナテラは唖然とさせられた。何が起こっているのかまるで理解が追い付かない。床にぐったりと横たわるメリークリスマスさんと健康になった妹を見つめることしかできない。


 そんなドナテラの肩を叩いたのは、先ほどストリートファイトで叩きのめした彼女の主治医である。気付かなかった。


「ドナテラさん、よかったですね。これはメリークリスマスさんの奇跡です」


「奇跡……?」


「ええ。クリスマスの夜、ドナーを待つ子どもたちに必要な臓器を届けてくれる聖なる存在です。子どもたちの命の恩人、守り神……ドナーの不足という、医者でもどうにもできないことを叶えてくれる聖霊なんです」


「……メリークリスマスさん、お前……」


 ドナテラは茫然としてメリークリスマスさんを見る。マッチョなクリスマスツリーは痙攣しながらもサムズアップしてみせた。




 病院を出ると、すっかり朝になっていた。


 ドナテラは冬の朝の空気を吸いながら体を伸ばす。一日中、妹のムエタイに付き合わされていたために、背中がバキバキと音を鳴らした。


 あの後、ドナー待ちの子どもたちは全員健康体となった。アネーキも、明日には退院できるらしい。騒々しいクリスマスだったが、無事に終えられた。


 メリークリスマスさんはいつの間にか消えていた。礼のひとつでも言いたかったが、目を離した一瞬の隙にいなくなってしまっていたのだ。


 あのクリスマスツリーが自分を追い回していた理由。それはもしかすると、元気になった妹を見せるためなのかもしれない。ドナテラはそう考えながら歩き出す。


 それにしても良かった。ドナーが足りず、治療不可能と言われていた妹が、あんなに元気に―――。


「ん? 待てよ……」


 ドナテラはすぐに立ち止まった。医者によれば、病魔に侵されていた妹の臓器はすべて綺麗なものに移植されていたのだという。


 移植。つまり健康な臓器に入れ替えたのである。その臓器は、一体どこから? ドナテラの脳裏に過ぎるのは、死んだであろう警官とヤクザのビジョンであった。


 その時、ドナテラの近くのベンチで、誰かが置き忘れたであろうスマートフォンが鳴りだした。非通知だ。無視しようかとも思ったが、ドナテラの体は勝手にそのスマートフォンを手に取っていた。通話に出る。


「もしもし、私メリークリスマスさん。君のような勘のいいガキは嫌いだよ」


                                   〈了〉

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?