前田さやかは逆鱗に触れた猫のように、逆上して前田愛子を打とうと手を振り上げた。愛子は顔を上げて避けもせず、反対の手でこっそりUSBメモリをポケットにしまった。机の縁に手をつき、画面にポップアップした写真のサムネイルを見つめる彼女の全身が震えを止められない。
前田健太が入り口に現れ、さやかの手首を掴んだ。声にはっきりとした怒りが込められている。「さやか、何をするんだ?」
「あいつが先に挑発してきたのよ!」さやかは悔しそうに訴えた。
「ただ写真を見ていただけ」愛子は心の震えを必死に押し殺し、冷たく言い放った。
健太が画面を一瞥するや、顔色が瞬時に曇った。周囲の空気が一気に重くなる。「この写真はどういうことだ?」
愛子は彼を無視し、さやかを睨みつけたまま声を震わせて問い詰めた。「五年前のあの事件……あなたがやったのね?」
さやかは一瞬たじろぎ、すぐに鼻で笑った。「証拠でもあるの?」
「証拒?」愛子が猛然と立ち上がり、写真を指さした。「これが証拒じゃないのか!」
「愛子、一旦落ち着け」健太が眉をひそめて言った。
「落ち着けるわけない!」愛子の声が急に裏返った。「この写真だけで十分よ! さやか、まだ何か言い訳がある?」
さやかはあっさり認めた。「私がやったもの、どうした? あの時あなたが富田さんを奪わなきゃ、私がこんな羽目に陥るはずがないじゃない!」
「本当に道理が通じない人ね!」愛子は全身を震わせながら怒りをあらわにした。
健太が一歩踏み出し、愛子を自分の背後に護ると、さやかを見る目は冷たかった。「さやか……君にはがっかりだ」
健太が愛子を庇う様子を見たさやかの瞳に一瞬、嫉妬が走ったが、すぐに嘲笑の笑みに変わった。「お兄様、相変わらずあの女を護るのね。忘れたの? あの女が昔、どうやって富田さんを破滅させたかを」
健太の顔色がわずかに変わったが、愛子が先に口を開いた。「根も葉もないことを言わないで!」
「根も葉もない?」さやかが携帯を取り出し、何枚かの写真をスクロールさせた。「この写真、あなたが仕組んだんじゃないの?」
愛子はそれらの写真を見て、氷の穴に落ちたように全身が震えた。
それを見た健太は愛子を腕の中に抱き寄せ、優しく慰めた。「心配するな、俺がいる」
健太の胸に寄り添う愛子は、彼の体温を感じつつも、心の奥底は冷え切っていた。嵐はまだ始まったばかりだと、彼女は理解していた。
健太がさやかを厳しい口調で諫めた。「さやか、行き過ぎだ」
「行き過ぎ?」さやかは涼しい顔で言い返した。「あの女の昔の所業に比べたら、私の何が行き過ぎなの?」
健太の表情が次第に険しくなった。「もういい! この件はここまでだ」
「ここまで?」さやかは冷笑した。「兄様、あなたはあの女の仮面に騙されてるのよ。彼女のためにそこまでする価値なんてないのに」
健太は彼女に答えず、愛子を抱えたまま外へ歩き出した。愛子が振り返ると、さやかはその場に立ち尽くし、まるで怒り狂った野獣のように怨念の眼差しで二人を見つめていた。
渡辺結衣の家に戻ると、愛子は一枚一枚写真をコピーした。それを見た結衣も驚きを隠せない様子だった。
「この写真は……」結衣の声も震えていた。
愛子は深く息を吸い込んだ。「どうすべきか、分かった気がする」
そう言うと携帯を取り出し、健太に新しい住居を見つけたこと、自分を探さないでほしいことを伝えるメッセージを送った。
間もなく健太から電話がかかってきた。声は焦りに満ちていた。「愛子、どこにいる? なぜ返信しない?」
愛子は平静を装って答えた。「外で部屋を探してるの。引っ越す準備をしてるから」
「引っ越すだって? なぜ俺に相談しない? 手伝えるだろう?」健太の声が急に大きくなった。
「結構よ、一人でできるから」そう言い残すと、愛子は電話を切った。
健太との結婚生活は、もう終わりだ。そしてあの写真こそが、決定的な止めを刺すものだと悟っていた。
愛子と結衣が顔を見合わせた。二人の瞳には確固たる決意が宿っていた。真実を明るみに出す時が来たのだ。