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第3話 乗っ取られた我が家


「陽太、ここ……うちじゃないよね?」

念乃は目の前の古びたアパートを見上げ、信じられないといった口調で言った。


陽太は鼻をこすった。――念乃には、これが彼のごまかすときのクセだとすぐ分かった。

「違うよ。ここ、俺が借りてる部屋なんだ。」


「え?」念乃の声が一段高くなる。「うちの御景台の300平米以上もある一億二千万のマンションは?あんな豪邸があるのに、なんでわざわざこんなボロい所借りて住んでるの?」


陽太は目を逸らす。「……とりあえず、中に入ろう。」


ドアを開けて中に入ると、意外にも部屋はきちんと片付いていて、生活感も薄い。念乃は少しほっとする――少なくとも、清潔好きなところは自分に似ている。


「ここ、使っていいよ。」

陽太が一つの部屋のドアを開ける。


念乃は空き部屋だと思っていた。だが、明かりがついた瞬間、言葉を失った。


ベッドには清潔なシーツと布団、机、ドレッサー、クローゼット……レイアウトも家具も、まるで御景台の自分の部屋とそっくり!部屋は隅々まで掃除が行き届いていて、すぐにでも住める状態だ。


「これ……」念乃は陽太を見た。


「俺が用意した。」陽太は少し恥ずかしそうにうつむき、寂しさを隠すように努めて明るく言う。「たいしたことじゃないよ。ただ……こうしておけば、ずっとお母さんがいるみたいで、一人じゃない気がして。」


念乃にとって、息子との別れは一瞬のことだったが、陽太にとっては母の不在が13年も続いたのだ。


「陽太……」念乃は胸が締め付けられ、一歩踏み出す。


陽太も彼女を見つめ、うっすらと涙を浮かべながら「母さん……」と呟き、思わず腕を広げる。十三年ぶりの温もりを求めて――


だが、返ってきたのは、頭にピシャリと痛い一撃!


「バカじゃないの?私の広い部屋があるのに、なんでこんな狭苦しいコピー部屋を作るのよ?」念乃は手を引っ込め、呆れたように部屋を見回す。この狭さ、彼女の許容範囲など到底及ばない!


陽太はさっきまで母の帰還に夢見心地だったが、この一撃で一気に現実に引き戻される――この手加減のなさ、DNA鑑定なんていらない、まぎれもなく実の母親だ!


「さあ、今すぐ説明しなさい!御景台の家はどうなったの?なんでこんな所に住んでるの?」

念乃は腕を組み、鋭い目で陽太を睨む。


陽太はまた目を泳がせ、無意識に鼻をこする。


念乃がさらに問い詰めようとしたその時、天井の電球が「ジジッ」と音を立てて一瞬光り、次の瞬間「パチッ」と消えて部屋は真っ暗に――


念乃:「……」 なるほどね、ボロアパート!


「俺、電球直してくる!」

陽太は救われたようにブレーカーを落とし、椅子を持ってきて工具箱を取り出す。スマホのライトを念乃に渡しながら、「母さん、照らしてて」と頼む。


念乃はしぶしぶスマホを掲げる。その時、画面上部に通知が表示された。湘南第三高校の内部掲示板の特別通知――タイトルには「鈴原陽太」「告白」「小早川さん」などの文字が踊っている。


念乃はピンときて、すぐに開こうとする。


しかし画面にはパスワードロック。


念乃は三秒考え、素早く「123456」と入力。


開いた!


通知の内容はこうだった:


【速報!鈴原陽太、小早川さんにまたフラれる!現場レポ!】


投稿は三時間前、すでに数百件のコメントがついている。


「タイトル詐欺じゃないよ!性懲りもなくしつこく迫って拒絶されて、逆ギレで小早川さんを脅したらしい!」


「現場いたけど、1年1組の時田くんが止めてなかったらやばかった!」


「鈴原陽太とその取り巻き、湘南三高の厄介者だよ。少年院送りでいい!」


……


コメントの九割近くが陽太とその仲間への罵倒、残りは小早川玲奈への心配ばかり。


その時、画面上部に新たな通知――「あなたの特別フォローが発言しました!」


念乃はすかさず開く。「私は小玲奈だよ」というIDのユーザーが返信している:


「みなさんこんにちは、小早川玲奈です。ご心配ありがとうございます。私は大丈夫です。今日のことは、鈴原くんが一時の感情に流されただけで悪気はなかったと思います。どうかこれ以上騒がないでくださいね〜

♡ ♡」


さらに、笑顔が可愛い自撮り写真も添えられていた。


コメント欄には「小早川さん、天使すぎる!」「優しすぎる!」といった声が続く。


念乃は胸にモヤモヤが募る――いくら加害者が自分の息子とはいえ、被害者がここまで庇うもの? まったく、優しすぎるにもほどがある!


彼女は自撮り写真を拡大する。そこに写る玲奈は無邪気そうな表情で、身体を少し横に向けている。「偶然」なのか、背景の一角には――壁一面の高級ウイスキーコレクションが!


念乃の第一反応は、「お、いい趣味してるじゃない!」自分と同じだ。彼女もかつては長年かけて集めた年代物や限定品のウイスキーがあの壁一面に飾ってあった。その総額は一億円以上――小早川家もなかなかやるな、と感心する。


「やば!ウイスキーウォールだ!金持ちすぎる!」


「陽太みたいな貧乏人が小早川お嬢様に近づくなんて、カエルが白鳥狙うようなもんだ!」


「小早川さん、用心のためにSP雇ったほうがいいんじゃ?」


「小早川さんに釣り合うのは、せいぜい時田くんくらいの御曹司だけだろ」


念乃は写真をさらに拡大し、「同好の士」のコレクションをじっくり堪能しようとする。しかし、見れば見るほど目を疑う――好みも、年代も、並べ方も……どう見ても見覚えがある。


これ……これこそ、御景台の自分のウイスキーウォールじゃない!


念乃の警戒心が一気に高まる。「私は小玲奈だよ」の過去の投稿や自撮りをチェックし始める。投稿は少ないが、どれも「さりげなく」背景の左上や右上に何かが写り込むようになっている。


一枚ずつ見ていく――


自分のマッサージバス!


自分のふわふわの巨大プリンセスベッド!


自分のオーダーメイドの木製ドレッサー!


自分のレアなフィギュアコレクション!


自分のゲーム機と豪華なゲームソフト一式!



全部、自分のもの!


間違いなく、御景台のあの三百平米の豪邸だ!


陽太は懸命に電球を付け替えていたが、背筋にぞくりと寒気が走る。何気なく振り返ると、念乃がスマホの青白い光に照らされ、ものすごい形相でこちらを見つめている。声は氷のように冷たい。


「鈴原陽太、今からあんたに黙秘権はないわ。これから言うこと全部、あんたの人生最後の言葉になると思いなさい。」


彼女はウイスキーウォールの自撮りを陽太の目の前に突き付け、ひとことずつ区切って問い詰めた。


「説明しなさい。彼女、なんで私の家にいるの?」

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