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第9話 誰が本当のオーナーなのか


小早川玲奈は上品なカードキーを取り出し、「ピッ」と音を立ててマンションのエントランスを解錠した。一行はそのままエレベーター前へ向かう。ちょうどエレベーターは1階で止まっていた。鈴原念乃はためらいもなく先に乗り込み、自然な動作で17階のボタンを押した。


「ちょっと!ここはあんたの家じゃないんだから、玲奈が押すのが当たり前でしょ!常識ないの?」高橋恵理香がすぐさま甲高い声で非難し、鈴原念乃がまるで主人であるかのように振る舞ったことに腹を立てていた。


鈴原念乃は素直に頷いた。


「うんうん、その通りだね。私の家でもないのにボタンなんか押しちゃって、まるで図々しく居座ってるみたいだし、恥知らずもいいところだよね。」


そのあっさりした“自白”に高橋恵理香は一瞬言葉を失い、すぐに鼻で笑った。


「まあ、自覚があるだけマシね。」


彼女は気づかなかったが、隣の小早川玲奈は鈴原念乃の「図々しい」「恥知らず」という言葉を聞いた瞬間、顔がこわばり、心の中でどこかドキッとしていた。まるで自分に言われたかのように。


エレベーターは広々としていて、全員が余裕で乗れる。扉が閉まりかけたその時――


「ちょっと待ってください!」


作業服姿で工具バッグを提げた男性が急いで乗り込んできた。彼は軽く会釈し、慣れた手つきでポケットからカードを出してセンサーにかざし、16階のボタンを押した。


エレベーターは静かに上昇していく。やがて「ピン」と音が鳴り16階に到着。


扉が開くと、すぐに工事の音がはっきりと聞こえてきた。工具バッグの男性が降りていくと、つい皆が中を覗き込む。


そこには、洗練された雰囲気の女性が図面を手に職人たちに指示を出していた。玄関ドア越しに見えるのは、開放感あふれる大空間、厳選された上質な素材、デザイン性の高いインテリア――どれをとっても並外れた豪華さが伝わり、皆が思わず息を呑んだ。


「すごい!ここ、めちゃくちゃ綺麗!」

「まるでお城みたいじゃん!すごすぎる!」

「玲奈、16階ってずっと空き家じゃなかった?」


高橋恵理香が不思議そうに聞く。彼女は何度かこのマンションに来たことがあったが、16階のボタンはいつも暗く、カードキーがないと押せなかった。小早川玲奈は以前、十数年前に謎の買い手がフロア全体を600平米以上の巨大なワンフロアに改装したが、そのまま空き家になっていると説明していた。


小早川玲奈は外の様子を見ながら答えた。


「たぶん、やっと16階のオーナーが戻ってきたんだと思う。」

「本物のお金持ちだね、これは!」

「こんなすごい人がお隣さんとか、玲奈、本当に羨ましいよ!」


羨望の視線が再び小早川玲奈に集まる。玲奈は控えめに微笑みつつ、「下の階のお隣さんが引っ越してきたら、私が手作りのご挨拶を持っていこうかな。ご近所付き合いも大事だし」と提案した。


「手作りとか、めっちゃ気が利いてる!」

「そうだよね~。もしかしたらこれから仲良くなれるかも!」


皆が一斉に賛同する。


そんな賑やかな雰囲気の中、突然だるそうな声が響いた――

「そのご挨拶、いらないと思うけど――」


高橋恵理香がすぐさま怒り出す。

「誰もあんたに聞いてないし!玲奈の落雁は下の階の人へのご挨拶なんだから、余計なこと言わないで!勘違いもいい加減にしなさいよ!」


鈴原念乃はみんなの顔を順に見渡し、最後に高橋恵理香を見て、はっきりと言った。

「だって、1600号室のオーナーにあげるって話でしょ?私、そのオーナーだけど。」


エレベーターの空気が一瞬で凍りつく。

全員が時が止まったかのような表情で鈴原念乃を見つめる。――彼女、今なんて言ったの?あの宮殿みたいな16階のワンフロアが、彼女の家?


「ぷっ……ははははは!」高橋恵理香が真っ先に大声で嘲笑する。「まだ陽も落ちてないのに白昼夢?エントランスすら入れなかった貧乏人が、1600号室のオーナーのフリ?もし本当にあんたがオーナーなら、私、その場でう○こ食べてやるわ!」


鈴原念乃は呆れた表情で返す。

「……あなた、変わった趣味してるんだね。」


「でも、事実じゃないでしょ!」高橋恵理香が食い下がる。

小早川玲奈も眉をひそめ、少し諭すような口調で言った。

「鈴原さん、冗談が過ぎると良くないよ。嘘をつくのは本当に良くないことだよ。」


「ピン――」

エレベーターが17階に到着し、扉がゆっくり開く。この気まずい空気を断ち切った。

「さあ、みんな中へどうぞ。」小早川玲奈が先頭に立ち、右に曲がって立派な玄関ドアの前に案内する。彼女は慣れた手つきで暗証番号を入力した。


扉が開くと、エプロン姿の三十代後半くらいの女性が丁寧にお辞儀した。


「お嬢様、お帰りなさいませ。」

小早川玲奈はみんなに紹介する。

「うちでお手伝いしてくれている中野さんです。」


鈴原念乃:「?」

鈴原陽太の話だと、小早川親子は借金取りに追われているはず。どうして家政婦を雇えるの?と念乃はふと理恵さんをじっと見つめ――その顔立ちが玲奈にどこか似ていることに気づいて驚く。

まさか……これが「病弱」だと言っていた玲奈の実母、小早川理恵!?


小早川玲奈は念乃の視線に気づいたのか、タイミングよく説明した。

「両親は仕事でずっと家を空けているので、私一人だと心配だから中野さんにお世話をお願いしてるんだ。」そう言うと、理恵さんに「中野さん、お客様にお茶とフルーツ、それからお菓子の用意をお願い」と頼んだ。


「かしこまりました、お嬢様。」中野さんは軽く会釈し、キッチンへ入っていった。


今日来ているクラスメイトの多くはごく普通の家庭出身で、「家政婦に世話をしてもらう」という体験は初めて。みんな新鮮さと羨ましさでいっぱいだ。


「わぁ、本当にドラマみたい!」

「玲奈ってやっぱり本物のお嬢様だね!すごい!」


鈴原念乃は思わず首を振る。

みんなが不思議そうに聞く。「どうしたの?」

鈴原念乃は小さく苦笑い。「親孝行もほどほどにね。」――母親に家政婦役をやらせてまでお嬢様を演じるとは、親孝行もいい加減にしなさいって話だ。


みんなはその言葉の裏を理解できず、さっきの「1600号室オーナー自称発言」も相まって、念乃のことをちょっと変わった転校生だと認識し、誰も相手にしなくなり、夢中で家の中を見学し始めた。


「すごい!初代プレイステーションの限定コントローラーにレアなカセットまで!もう市場じゃ絶対に手に入らないやつだよ!」男子生徒がパスワード付きガラスケースの前で目を輝かせ、期待を込めて聞く。「玲奈、これちょっと触ってもいい?」


小早川玲奈は一瞬表情を曇らせ、すぐに苦笑い。「ごめんね……もう壊れてて遊べないの。記念に飾ってあるだけなの。」


鈴原念乃はガラスケースを一瞥。「壊れてなんかない。昔、陽太に勝手に触られないよう、保険金庫並みのパスワードロックかけておいたもの。開けられるのはパスワードを知ってる私だけ。」


男子生徒は残念そうにうなだれる。「そっか……」


今度は女子生徒が隣のケースに目を輝かせる。「見て!レアなフィギュアがこんなに並んでる!写真撮ってもいい?」


鈴原念乃がまたちらりと見る。やっぱりパスワードロック付き。小早川玲奈は慣れた様子で困った顔を見せ、「ごめんなさい、これ全部パパの大事なコレクションで、私でも触れないことになってるの」と答える。


「うん、わかった!」女子生徒は納得して、ガラス越しに写真を撮る。


「見て、ウイスキーコレクションの壁!写真で見た時もすごかったけど、実物は圧巻!」みんなは高級シングルモルトがずらりと並ぶガラスの壁の前で写真を撮りまくる。


「うわ、ウイスキーのガラス扉まで指紋認証付きだよ!ハイテク!」

「玲奈、これ開けて中見せてくれない?」


「――無理だよ。」


小早川玲奈が答える前に、鈴原念乃が淡々と口を挟んだ。みんなが注視する中、念乃は腕を組み、玲奈の方を向き、口元に少し皮肉な笑みを浮かべる。


「だって、この指紋ロック、きっと玲奈のパパの指しか登録されてないよね。だから玲奈自身は開けられない。そう言いたかったんじゃない?」


小早川玲奈は一瞬心臓が跳ねるのを感じ、平静を装いながら頷く。「……うん、そうなの。」


鈴原念乃は微笑んだ。

その穏やかな笑みは、すべてを見透かしているようで、小早川玲奈の背筋をぞくりとさせた。強い不安が心に広がる――鈴原念乃を家に招いたのは、もしかしてとんでもなく間違いだったのかもしれない、と。

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