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第12話 エレベーターの扉の内と外、二つの世界


神崎隼人の一言が落ちると、場内はどよめいた。


高橋恵理香は目を見開いて叫ぶ。

「何を言ってるの!?玲奈の家なのよ、ずっとここに住んでるじゃない!」


神崎隼人は高橋の言葉を無視し、書類袋から証明書を取り出して見せた。

「登記識別情報通知書です。オーナーは神崎隼人。」


管理会社のスタッフが顔を見合わせる。

「神崎さん?システム上のオーナーも確かに神崎さんです、小早川さんじゃありません……」

最初から違和感はあったが、小早川玲奈の堂々とした態度に押されて深く追及しなかったのだ。


小早川玲奈と理恵は完全に呆然とし、驚きに目を見張った。

もちろん、オーナーが小早川姓ではないことは知っていたが、神崎という名前でもないはずだ。本来なら鈴原のはず。この部屋は鈴原陽太の亡き母親が残したものなのだから。


「あなたたち、どこから来た詐欺師なの!?管理会社もグルなんでしょ!」と、小早川理恵が真っ先に詰め寄る。

「出て行かなきゃ、警察呼ぶわよ!」

神崎隼人は落ち着き払って手を差し出す。

「どうぞ。」

小早川理恵「……」スタッフはすぐさま携帯を取り出して警察に通報した。


十分も経たないうちに警察が到着した。警官が確認を終えると、「登記識別情報通知書は本物です。御景台1701号室のオーナーは、間違いなく神崎隼人さんです」と告げた。


続けて、神崎隼人が身振りで合図を送る。作業服姿の男性たちが素早く動き出した。

まず高価なフィギュアケースの前で、手慣れた様子でパスワードを入力し、「カチッ」と扉が開く。

次にゲーム機のキャビネットも同じやり方でスムーズに開錠。

そして最後は、財産の象徴であるウイスキー棚。神崎隼人は鞄から小箱を取り出し、そこから指紋スタンプを丁寧に取り出してセンサーに当てる。

「ピ――――」

長らく動かなかったガラス扉が静かに開いた。

神崎隼人が一声かける。

「梱包して、運び出せ!」

その場の全員が呆然とした。


「……玲奈、どういうこと?この家はあなたのじゃなかったの?」

高橋恵理香が震える声で玲奈の袖を掴む。

「この人、どうして権利証を持ってるの?」


小早川玲奈は衝撃で口がきけない。

「まさか……本当に詐欺師じゃないの?」

「間違いないよ!警察まで証明したじゃない!詐欺師が全部のパスワード知ってるわけないし、ウイスキー棚まで開けるなんて無理でしょ?」

「玲奈さ、さっきまでゲーム機が壊れてるとか、フィギュアが高価だからって触らせなかったけど……結局、パスワード知らなくて開けられなかったからなのでは?」

「じゃあ、この豪邸……玲奈の家じゃなかったの!?」

「さっき管理費払うの渋ってたのも、お金がなかったから?」

「今まで何度も私たちをここに連れてきて……」


一瞬で、周囲の玲奈を見る視線は複雑さと疑念、そして裏切られた怒りに満ちたものへと変わった。


小早川理恵は家を奪われそうになり、完全に取り乱して神崎隼人に向かって叫ぶ。「そんなはずない!間違いよ!オーナーがあなたのわけがない!神崎なんて絶対に……この家の持ち主は鈴―――うっ!!」


玲奈は素早く理恵の口を押さえた。

背中には冷や汗がにじむ。危なかった。

もし理恵が鈴原陽太の母親のことを口にしていたら……みんなに、これは陽太の家で、自分はずっとただで住んでいたと知られてしまう。

豪邸で贅沢して、陽太の想いも突っぱねて、みんなに彼を“貧乏人”呼ばわりさせてきた……今まで築いてきたお嬢様キャラは完全に崩壊してしまう!



二分後。

全員が神崎隼人に“丁重に”1701号室から追い出された。続いて、二つのスーツケースが廊下に蹴り出される――中身は小早川母娘の荷物で、服や下着がはみ出ている。

「バタン!」と玄関が冷たく閉ざされた。

玲奈は唇を真っ青に震わせながら、必死に取り繕った。

「……きっと、きっと何かの間違いよ!お父さんに連絡して、ちゃんと確かめるから!」

わざと怒ったふりで携帯を取り出す。


廊下の空気は凍り付くほど気まずい。豪邸見学に浮かれていたクラスメイトたちは、まさかこんな形で追い出されるとは思わず、皆立ち尽くしていた――恥ずかしさで顔が引きつっている。


ただ一人、鈴原念乃だけが終始落ち着いていた。エレベーターを呼び、御景台1600号室に戻る準備をする。

彼女は「部屋を取り戻す」と言ったら即実行するタイプだ。

この部屋も、今売れば簡単に億単位になるが、別にその程度の金に困ってはいない。

その場にいた全員も、居心地の悪さに耐えかねて言い訳を口にし始めた。

「小早川さん、宿題が残ってるから帰るね!」

「叔母が来るから、早く帰らないと!」

「私も急用ができて……」

「……」

エレベーターがやってくると、皆一斉に乗り込んだ。高橋恵理香も気まずそうに、玲奈に小さく声をかける。

「……玲奈、私も帰るね。また月曜日に。」

最後の一人が乗り込むと、ドア脇の念乃が静かに閉ボタンを押し、スマホの背面をセンサーにかざして16階のボタンを点灯させた。


「え、鈴原さん、間違えたよ、1階を――」と言いかけたその時、皆が固まった。

「ちょっと待って!16階って、カードキーがないと行けない特別フロアでしょ!?鈴原さん、なんで……」

鈴原念乃は淡々と答える。

「家に帰るだけ。」

「えっ!?家って……16階なの?」


エレベーターは数秒で到着し、扉が開く。念乃は静かに降りていく。

中からは、以前も見かけたキリっとした女性デザイナーが勢いよく迎えに来て、にこやかに挨拶した。

「鈴原さま、お帰りなさいませ!」

全員が息を呑んだ。

「うそ……鈴原さん、本当に1600号室のオーナーだったの!?嘘じゃなかった!!」

あまりのギャップと衝撃で、その場の空気が一瞬止まった。特に高橋恵理香は放心状態だ。

その時、念乃がふと振り返り、高橋に微笑みかけて言った。

「ねえ、あなたのために公衆トイレを探してあげようか?それとも、クソを食べる準備はできてる?」

――「もし1600号室のオーナーだったら、私、クソでも食べてやる!」――高橋恵理香の捨て台詞が頭に響く。

皆の視線が一斉に高橋に集中した。

高橋恵理香「…………」

顔が真っ赤に熱くなり、痛みすら感じる。さっきまで鈴原念乃を貧乏だとバカにしていたのに……比べてみれば自分こそが貧乏人だ。いや、ここにいる全員がそうだ。玲奈が今まで念乃を見かけなかったのは、鈴原家が最近になって16階のフロアをリノベーションしていたからなのだ。


その頃、急いで駆けつけた鈴原陽太は、御景台近くの路上で小早川母娘を見つけた。

二人はまさに「みじめ」としか言いようのない姿で、道端にスーツケース二つを抱えて立ち尽くしていた。中身はぐちゃぐちゃで、誰が見ても追い出されたとわかる有様だ。


陽太の姿を見つけた小早川理恵は、すぐに責めるような目で陽太を睨みつけた。

「陽太!私と玲奈がこの家に住むのが嫌なら、はっきりそう言えばよかったのに!わざわざ人を使ってまで、こんな芝居して追い出すなんて……!」

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