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第13話 入館禁止とブラックリスト


「何?誰かに芝居を打たれて追い出されたって?」


鈴原陽太は、状況が全く呑み込めず、慌てて駆けつけてきたばかりだった。


「理恵さん、一体どういうことですか?誰があなたたちを追い出したんですか?」


小早川理恵は憤った様子で言う。「他の誰でもない、あなたよ!」


「え?僕が?そんなことしてませんけど?」


鈴原陽太がまったく心当たりのない顔をしているのを見て、小早川玲奈も不安そうに口を開いた。


「陽太さっきね、自分は1701号室の持ち主だって名乗る男の人が、名前入りの登記識別情報通知書を持ってきて、何人か引き連れて私たちを追い出したの。」


「なにっ!?」陽太は驚愕した。「あの部屋は僕のものだよ?どうして他の人が登記識別情報通知書を持ってるんだ?絶対詐欺師だよ!」


玲奈は首を振る。「違うの。お母さんが警察を呼んだけど、その通知書は本物だって言われたの。」


「そんな馬鹿な!」陽太は断言する。「どうせ巧妙な詐欺だよ!その男、まだ1701号室にいるの?」


「うん。」


「陽太、さっき本当に怖かったの。あの人すごくたくさん人を連れてきて、みんな怖い顔してて…私もお母さんもすごく怯えちゃった。」


玲奈が風に揺れる白いワンピース姿で、今にも泣きそうな目をして立っている。その様子に陽太は思わず守ってあげたい気持ちをかき立てられる。


「玲奈、大丈夫だよ。」陽太は怒りを抑えきれず、拳を握りしめた。「僕を騙すなんて許せない!理恵さん、玲奈、僕についてきて。今から全部解決するから!」


理恵と玲奈は顔を見合わせ、ほっとしたように頷いた。


玲奈が言う。「陽太、その人、神崎隼人って名乗ってた。」


「え?」


「神崎隼人、隼人の隼人。」


どこかで聞き覚えのある名前だ、と陽太は一瞬戸惑う。


玲奈は頭の中で、どうやって今日の失点を取り戻すか考え始めていた。三人は御景台のエントランスへ向かった。


陽太がICカードをかざして入り口を通過する。


理恵と玲奈も続こうとしたが、警備員に止められる。


「お二人は入れません。」


理恵は驚く。「どうしてですか?」


警備員は二人を冷たい目で見て言った。「あなたたちは住民ではありませんので。」


陽太が振り返り、眉をひそめて言った。「僕はここの住民だから、彼女たちを連れて入るよ。」


警備員は陽太にも冷静に告げる。「申し訳ありませんが、上からの指示で、このお二人をお連れの場合、あなたも入館できません。」


「は!?どういうこと?」


理恵と玲奈の顔色がみるみる青ざめる。――まさかブラックリストに載ってしまったのか?


「上って、誰の指示ですか?」


警備員は無言を貫く。


「わかったよ!じゃあ僕一人ならいいんだな!」


陽太は理恵と玲奈に向き直る。「理恵さん、玲奈、ここで待ってて。すぐにまた迎えに来るから。」


玲奈は唇を噛み、か細い声で言った。「うん、陽太、気をつけて。向こうは人数が多いから…」


陽太はその言葉に心を打たれ、「うん」とだけ頷く。


結局、警備員は陽太一人だけを通した。


陽太が離れると、理恵はすぐさま警備員に毒づいた。「人を見下して!絶対に本部にクレーム入れて、あんた首にしてやるから!」


警備員は顔色ひとつ変えず、肩のインカムを押して「Aチーム、入口に関係者以外がいます。対応お願いします」と無表情で告げた。


理恵は悔しさを噛みしめる。「なによ、それ!」


・・・


陽太は怒り心頭でマンションの棟下まで駆けつけた。


エントランス前には神崎隼人が立っていて、どうやら誰かを待っているようだった。


陽太が近づく。


「あなたは――?」陽太は立ち止まり、よく顔を見て驚いて言った。「神崎さん?」


「そうだ。」


その瞬間、陽太はすべてを思い出した――御景台1701号室は自分の家だが、登記識別情報通知書の名義は自分ではない。母・鈴原念乃が「亡くなった」あと、正式な相続は18歳になるまでできず、それまでは職業後見人である神崎隼人の名義になっていたのだ。未成年の財産を守るための措置であり、このことは小早川親子には話していなかった。


陽太は眉をひそめて問いただす。「神崎さん、どうして理恵さんと玲奈さんを追い出したんですか?」


「まずは中へ。」


エレベーターの中で、陽太は神崎が16階を押すのを見て、首をかしげた。「階、間違えてません?」


「いや、16階で合ってる。」


どうやら“上の人”に会わされるのだろうと陽太は察した。エレベーターを降りると、扉が開かれた部屋からは1701号室を遥かに凌ぐ豪華な空間が広がっており、陽太は思わず息を呑む。


神崎に案内され、陽太は警戒しつつ部屋に入った。


そして次の瞬間――


目を見開いて叫んだ。「……母さん!?」


ソファでは鈴原念乃が伊藤園の緑茶を片手にスマホをいじっていて、陽太に気づくと満面の笑みを見せた。「あら、陽太。」


「どうしてここに……!?」


陽太はあり得る限りの可能性を考えていたが、まさか念乃本人が現れるとは思いもしなかった。


「私の家なのに、私がいないでどうするの?」


陽太は豪華なリビングを見渡し、驚愕した。「これ、母さんが買ったの?お金は一体どこから……」


この豪華さ、もしかして自分が送った生活費を全部宝くじにでも突っ込んだのかと疑う。


念乃はさらりと言う。「ああ、ちょっとこの前、銀行でも襲ってきたのよ。」


「…………」


ふと、念乃の前のテーブルには登記識別情報通知書が置かれ、その横にはゲーム機やフィギュア、山崎55年のウイスキーが詰まった箱が山積みになっていた。陽太はすべてを悟る。


「母さん!理恵さんたちを追い出したの、母さんだったの?」


「そうよ。」


「どうしてそんなことを……?じゃあ、彼女たちはこれからどこに住むの?」


「どこでも好きな所に住めばいいじゃない。」念乃の口調は淡々としていながらも、揺るぎない。「6〜7年も家賃も光熱費も管理費も修繕費も一切取らず居座られて、ただ出ていってもらうだけでしょ。むしろノートルダム大聖堂の院長にでもなれそうよ。まさか一生住ませろって言う気?」


陽太は慌てて、「そんなつもりじゃない。ただ一時的に……」


念乃は冷ややかに返す。「一時的が6〜7年?それで陽太にまで部屋を出て行かせて?」


陽太は小声で弁解する。「……部屋出るって言ったのは僕の方だよ。」


念乃はきっぱりと言い切った。「御景台1701号室は私のもの。どう使うか、誰を住まわせるか、全部私の自由。」


その言葉に、陽太は何も言い返せなかった。本来は母の家であり、母が戻ってきた以上、返すのは当然。しかし、玲奈にどう説明すればいいかが悩みだった。


そんな息子を見て、念乃はニヤリと指を曲げて言った。


「教えてほしい?」

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