シュネールナは出来上がったレシピを読み上げる。
聞き覚えのない名前はそれだけで想像力を刺激するようでテオはワクワクしてしまう。
「ええと、トキナシの根っこ、紅ウコン、コオリソテツが少々、シラムクドリの卵の殻……うん全部ありそうだ」と頷き、店の奥から材料をかき集めるとシュネールナは早速調合を始めた。
壺やら箱を店の棚から引っ張り出しては作業台にドンドンと置いていき秤で量ってははすり鉢に放り込みゴリゴリと音を立てて材料を丁寧に磨り潰していく。
テオも興味深くその様子を見守った。
「よし完成だ」
出来上がったのは薄紅色の粉薬だ。シュネールナがひとさじすくい白湯で流し込むと腕にあった痣はきれいさっぱりなくなってしまった。粉薬を薬包紙にいくつかの小分けに包むと「さぁ、薬を持っていこうと」テオに呼びかけた。
家に戻るとすぐにテオは「薬ができたよ!」と報せながらセラの横になっている部屋へと駆け込んでいった。
「甘い寒天で包んであるから少しずつ飲むんだ」
「うん」
調合した薬を飲み切るとすぐにセラの痣もきれいさっぱり無くなった。シュネールナは自分の仕事ぶりにうんうんと頷く。
「これでもう心配ないだろう」
「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」
テディは何度も繰り返しお礼を口にした。
カーラはセラをぎゅっと抱きしめていた。
「原因なんだが……この子についていたダニでね」
「ダニ……ですか?」
シュネールナはおとなしく家の表で待っていたミルキィを抱きかかえて見せた。
セラは「ミルキィ!」と喜び、病が嘘だったかのように飛び跳ねていた。
「この子は珍しい魔力持ちのようでね。それでついたダニの毒性が強くなっていたらしい。野放しにしておけばまたそのうち虫がつくかもしれないし、いっそそちらで飼ってあげたらよろしい」
どうしようか、と顔を見合わせるテディとカーラを他所にセラとテオはシュネールナの腕から飛び出したミルキィを撫でまわしていた。「いまなら虫よけもつけておくよ」というシュネールナの文句が決まりとなったのか、引きはがすのも可哀そうだと考えたのかついに折れたカーラの許しが出た。
「では私はこれで。念のため明日また様子を見に来るとしよう。テオ、さっきの空き地に店を構えておくから何かあれば呼びに来なさい」
シュネールナが立ち去ろうとするとテオとセラがローブの裾に飛びついて引き留めた。
「シュネールナさん、泊っていって!」
「とまっていってー!」
「弱ったな……」
「こらテオ、セラ! シュネールナさんが困っていらっしゃるじゃないか」
テディに窘められてもなお縋り付く子供らに音を上げたのかシュネールナは「お宅がよければ……まぁ泊まらせていただこうかな?」と微苦笑を浮かべた。
その晩はすっかり元気になったセラも手伝いカーラ手ずからの森の幸を使ったご馳走が振る舞われた。
就寝時もセラとテオはなかなかシュネールナから離れず結局狭いベッドで川の字になる。
迷惑じゃないかと、子供らを窘めようとするテディにシュネールナは「たまにはこんなのも悪くないさ」と2人の頭を撫でていた。
※ ※ ※
「シュネールナさん、またねー!」
「ばいばーい!」
「本当にお世話になりました」
「シュネールナさん、またいつでもいらしてね」
それから一週間ほどシュネールナは町で店を開き、その間中テオとセラは入りびたるように店に遊びに来ていた。傍らには鈴のついた赤い首輪をしたミルキィも一緒だった。
町の人々からも、もっとずっといてほしいとせがまれたが、「一所には1週間だけ滞在すると決めていてね」とシュネールナは旅立つまでに必要な注文をしておくように町の人々に伝えた。
「もし縁があればまた出会うこともあるだろう。その時まで健やかにね」
「では息災を」と別れの言葉を残し振り返ることなくシュネールナは重いカバンを下げてえっちらおっちらと、どこかに旅立っていった。
――そして時は流れ……。
「指名依頼ですか? 僕たちに?」
「私達、まだCランク冒険者ですよ? 何かの間違いじゃないですか?」
「先方はフットワークが軽く長旅に付き合ってくれる者をお探しだ。何組かリストアップしてみせたところ是非君たちにと」
冒険者となったテオ、そしてセラは真面目に依頼をこなし、若手ながら評判は良かった。
しかし、指名依頼を受けるのは大抵Bランク以上で何かの伝や紹介あってのものがほとんどである。
特段、身に覚えが無かったテオとセラの兄妹パーティーは首を傾げる。傍らではセラの使い魔のミルキィもニャアと不思議そうに鳴いていた。
「既に応接室でお待ちだ。1度会ってみてくれるか?」
ギルドの上役からそう言われては断るわけにもいかないと、とりあえず2人は応接室に向かうことにした。
「兄さん。本当に覚えはないの?」
「うん……別にそんな大した評判も噂になるようなこともしてないはず……だよね」
ギルドの廊下でそんな風に言葉を交わしていると不意にミルキィが勝手に走り出してしまう。
あっという間に応接室の扉に頭を突っ込んでスルリと入りこんでしまった。どうやら少し扉が開いていたらしい。
「あ、コラっ! ミルキィ!」
「不味い! 依頼人さんが!」
慌て2人が後を追いかけ「すみません!」と部屋に飛び込むとミルキィを抱き抱えた黒いローブ姿の人物がいた。
「うんうん。毛つやもいいしダニもついてないね。それにしてもずいぶん大きくなったね」
ミルキィを撫で付けながらそんな風に微笑む銀髪に碧眼の中性的な顔立ちのその人は部屋に飛び込むや目を丸くしている2人に「やぁ」と手をあげた。
「君たちも大きくなったなぁ……息災だったかい?」
「「シュ……シュネールナさん!?」」
「久しぶりだね、テオ少年、セラ。ミルキィも」
「本当にシュネールナさんだ!」
「あ、こらこら。しょうのない娘だなぁセラ」
セラが先に驚きから立ち直り、子供に戻ったかのようにシュネールナに飛び付いた。シュネールナはテオに向けて苦笑しながら「依頼の話をしようか」と着席を促した。
「シュネールナさん、長期の依頼だとギルドからは聞きましたけど」
「うん、実はいくつかの材料の在庫が心許なくてね。どこにあるかは分かっているんだが、私1人ではたどり着くのが難しい……かといって採取にはどれも専門知識が必要になる代物ばかりでね。そういうわけだから秘境での護衛と採取のアシスタントをしてくれると助かる。たまに街に逗留して店を開くこともすると思うからその時は自由にしてくれてもいい」
「まぁちょっとした冒険旅行なんだけど……こういう依頼はあまり好まれないみたいでね」とシュネールナはため息をついた。すでに何度か断られているのだろう。
「君らも忙しいなら断ってくれても……」
そう言いかけたシュネールナにしかし、テオとセラの心は、答えは決まっていた。
「「是非受けさせてください!」」
食いぎみに、テーブルに身を乗り出しながら依頼を受けると決めたテオとセラに今度はシュネールナが「いや、まだ報酬の話とか……」と目を丸くした。
テオとセラが冒険者になった理由。
それは言うまでもなく、かつてシュネールナと交わした小さな口約束。
いつか冒険者になって手伝いをする。
シュネールナの方では覚えてもいないかもしれない、いつか頼むよという社交辞令のようなやり取りを本気にしたかつての少年と、兄に倣って努力した少女はついに恩人と再開した。
敬愛するシュネールナと、採取依頼どころか一緒に旅が出来るとテオとセラはあの日のように目を輝かせはしゃいでいた。
そんなやり取りを使い魔のミルキィは呆れたように眺めながら、クァアっと欠伸をひとつするのだった。