「まって……ほんとまって……元気過ぎだよ、キミ」
「シュネールナさん、遅いよ!」
テオに先導されようやくたどり着いた空き地でシュネールナはカバンに腰掛けゼェゼェと肩で息をしていた。
「年寄りは……いたわり……たまえ……よ」と息も絶え絶えに文句を垂れながらシュネールナは空き地を見渡したが、今のところ猫の子一匹見当たらない。
「本当にここかね?」
「うん、普段はここにいるんだけど」
「まさか町中歩き回るわけにもいかないし……仕方ない、あれを使うか」
「あれ?」
またカバンをごそごそとやるとシュネールナは猫マークの小瓶を取り出した。
「“猫の王“、あまり使いたくはないんだが」
「なんで?」
「物凄く恥ずかしいからだ」
シュネールナは一口小瓶をあおる。すると……なんということでしょう頭の上にピョコンと猫の耳が生えたではありませんか。
「か、かわいい……」
「んなぁ~(だから嫌だったんだ……)」
「え、猫の鳴き声!?」
「んなんな(さっさと済ませるとしよう)」
シュネールナは大きく口を開き、薬で変わった猫鳴き声で「んなぁあああああ」と呼び声を響かせた。するとどこからか猫が空き地めがけてあちこちから駆け込んでくる。
やってきた猫たちにシュネールナが、んなんなと何か指図すると猫達は横一列に整頓してしまう。
テオはその様子を目を輝かせて見守っていた。
「んなっ(キミがミルキィか)」
「にゃあ(はい王様)」
「んーな(ちょっと体を調べるよ)」
シュネールナはミルキィを見つけると毛を掻き分け何かを見つけるとピンセットでつまんでは空き瓶に落としていく。
他の猫達も同じように調べていくと、シュネールナは最後に霧吹きを猫達に振りかけて回った。
「んなぁーっなっ! (ご苦労、解散!)」
「にゃぁあん」
シュネールナの猫語の号令で猫達はミルキィを残して一斉にどこかにいってしまった。
別の小瓶をあおり猫耳を引っ込ませたシュネールナは何度か咳払いをして声が戻ったのを確かめていた。
「何をしてたの?」
「コレさ」
「うわ……きもちわるい。これ何?」
「ダニ」
「うえっ」
「なんだ、虫は苦手かい?」
「嫌いじゃないけど、ダニはいやだよ」
小瓶の中で蠢いている小さな黒い粒のようなモノにテオが顔をひきつらせた。それは猫達についていたダニだった。
「こっちがミルキィからとれたダニ。こっちが他の子からとれたダニ」
「あ、あんまり見せつけないでよ」
「大きさが違うだろう?」
「言われてみれば……そうかも」
テオはいやいやながら目を凝らすと、ミルキィからとれたダニの方が大きく何やら活きもいいようだった。
「よく調べないと分からないが、どうもミルキィは野良猫には珍しく魔力持ちなんだ。で、ついてたダニがその魔力を喰ってたらしい」
「じゃあこのダニは魔物なの……?」
「素晴らしい、はなまるをあげよう。猫たちには虫よけをしておいたからしばらくは虫はつかないと思うよ」
小ビンを懐にしまうと「さてさてあとは原因解明。おあつらえ向きに空き地もあることだしね」とシュネールナはカバンを空き地の中央へ置くと取り出した鍵を差し込みカチリと捻った。
「……またか」
案の定、うんともすんともいわないカバンをガツンと蹴飛ばせばバタンバタンと広がっていき森の中で見たシュネールナの店が空き地に出現した。
シュネールナは店の奥、調合のための部屋なのだろう、すり鉢やら蒸留器やら様々な器具の置かれた部屋へと入っていく。テオはミルキィを抱えてついていってもいいのかな? と躊躇いながらも好奇心には勝てず後からついて入る。
シュネールナは小ビンの中のダニをつまみ、なにやら薬を垂らしたと思えば今度は自分の腕にダニを乗せてしまう。
「いてっ」
「わざと嚙ませたの?!」
「あぁ、これがてっとり早いからね」
何度かその作業を繰り返していると、ついにシュネールナの腕にはセラにあるのと同じような痣がついていた。
「さて、この痣を消すにはどういう調合がいいのかな? さぁ私の血よ、教えてくれ」
シュネールナは自分の指先を針で刺し、羊皮紙の上に垂らしていく。滴った鮮やかな赤い血は勝手に動き出し何か文字を示していくとそれはなんと薬草の調合のレシピなのだった。
「私の血はいままで取り込んできた様々な薬やその材料を記憶している。毒や病を取り込んでやればこうしてそれに対抗する薬がどういうものか教えてくれるのさ」
「……すごい」
感心しっぱなしのテオに微笑むとシュネールナはそっと羊皮紙を持ち上げた。