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光亡き剣士と一つの夢
光亡き剣士と一つの夢
木村蒼空
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年07月22日
公開日
2,968字
連載中
盲目のゴールドランク剣士ライルは、音と魔力の揺らぎだけで戦う“光亡き剣士”。幼いころに親に捨てられ、獣たちの群れに育てられたため動物の声が理解できる。旅の途中で出会ったプラチナ魔女アザリアは、迫害される同胞のために〈魔女の国〉を作ろうとしていた。 「世界が何色なのか知りたい」――その願いを胸に、ライルは剣を貸すことを決意。二人は集落やギルドを回りながら魔物退治、交易交渉、人心掌握で仲間を増やし、やがて大陸を覆う悪魔勢力と人間の偏見に立ち向かう。

第1話 光亡き剣士

雨の音だけが揺れる夜、泣き声を残して捨てられた幼子は、森の灰狼に見つかった。

爪が土を引っかく微かな震え、鼻先に触れる温かな吐息──それがライルの最初の世界だった。闇しか知らない彼の耳と皮膚は獣の気配を正確に写し取り、やがて狼たちの短い唸りや尾を打つ風切りで“言葉”を読み取るようになる。


十歳の頃、旅商団が森へ迷い込んだ。

焚き火の香りに腹を鳴らしながらも、ライルは茂みの陰で震えた。見知らぬ人間に近づく勇気が、まだなかったからだ。けれど団長セルバは気づいて声をかける。

「怖くない。出ておいで」

柔らかな呼吸と薪を組む音──優しさを信じて一歩踏み出すと、肩に毛布を掛けられた。

「名前は?」と尋ねられ、言葉が出ない。

「なら、ライルでいいさ」

そうして与えられた名が胸に灯り、弱く小さな声で「…ライル」と真似た。


セルバは読み書きと剣を教えた。

目は見えなくても、空気が押し返す重さで刃の軌道を感じ取れる。

鈍く震える床板、相手の呼気、剣先に集まる魔力のざわめき──それらを重ねれば死角はない。けれどライルはいつも「もし失敗したら」「誰かを傷つけたら」と躊躇し、稽古後に小さく謝る癖があった。


旅の護衛で盗賊に襲われた夜、セルバは背中を押す。

「怯えてもいい。けど、守るために振るえ」

ライルは震える足で一歩踏み出し、風の裂け目を斬った。狼が教えてくれた跳躍が盗賊の懐へ滑り込み、一振りで鎧を裂く。息を呑む静寂の中、ライルは剣を伏せて小さく頭を下げた。「ごめんなさい……」 それが彼の強さと気弱さを示す初陣だった。


二十二歳。

ギルド本部の試験場には、目隠しをしたままの青年が立つ。見物人はざわめいた。生まれつき盲目など聞いたことがない。

模擬戦が始まる。木剣が唸りを上げて迫るたび、ライルは半歩退き、風向きの皺を裂き、恐る恐る打ち返す。三合、五合──木剣が跳ね飛び、観衆の息が止まった。

審査員が宣言する。

「ゴールドランク、認定だ」

歓声の中で、ライルは胸元を押さえ小さく息を吐く。ただ生き残れた安堵でいっぱいだった。


それでも夜更け、一人きりになると胸に残る渇きが疼く。

世界はどんな色なのか。空は本当に高く、花は本当に美しいのか。

見えないまま知った気弱な剣士は、答えを探す旅に出る決心をする。森の遠吠えを背に、静かに剣を携え、まだ知らない匂いの方角へ歩き出した。

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