そんな姿を見ていると、心がふんわりと温かくなっていく。
「これ、甘くて美味しいんだよ。よかったら、どうぞ。」
彼が差し出してくれたのは、小さなりんごだった。その場で一緒にかじると、シャリッと音を立てて、口いっぱいに甘さが広がった。
「おいしい……!」
私がそう言うと、優斗さんは嬉しそうに笑った。その笑顔を見て、私は思った。
──この人と、もっとたくさんの時間を一緒に過ごしたい。
けれど、旅は永遠には続かない。
帰る日が、もうすぐそこまで迫っていることも、私は分かっていた。
朝市を歩き終えたあと、湖のほとりまで一緒に行った。春の光にきらめく水面を見ながら、ふたり並んで座る。
しばらく沈黙が続いたあと、優斗さんが口を開いた。
「……また、会えるよね?」
私の胸が、またぎゅっと締め付けられる。だけど、今度は痛みじゃない。勇気を出して、私は小さく、でもはっきりと答えた。
「はい。また、会いたいです。」
優斗さんはほっとしたように微笑んだ。そして、おもむろにカバンから一枚の紙を取り出した。
「これ、俺が働いてる施設のパンフレットです。よかったら、また長野に来られる時、寄ってください。」
それは、小さな自然体験施設のパンフレットだった。見れば、来月、春の花祭りのイベントもあるらしい。
「絶対、行きます。」
私はパンフレットをぎゅっと抱きしめた。
帰りのバスに乗る頃、私はもう泣いていなかった。新しい何かが、私の中に芽吹き始めていたから。
「また、きっと会える。」
バスの窓から見える長野の山々に、小さく手を振った。次にここを訪れる時には、もっと元気な自分でいられるように。
私の小さな旅は、こうして新しい始まりを告げたのだった。