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第6話  長野旅行へ

 そんな姿を見ていると、心がふんわりと温かくなっていく。




「これ、甘くて美味しいんだよ。よかったら、どうぞ。」




 彼が差し出してくれたのは、小さなりんごだった。その場で一緒にかじると、シャリッと音を立てて、口いっぱいに甘さが広がった。




「おいしい……!」




 私がそう言うと、優斗さんは嬉しそうに笑った。その笑顔を見て、私は思った。




──この人と、もっとたくさんの時間を一緒に過ごしたい。




 けれど、旅は永遠には続かない。


 帰る日が、もうすぐそこまで迫っていることも、私は分かっていた。




 朝市を歩き終えたあと、湖のほとりまで一緒に行った。春の光にきらめく水面を見ながら、ふたり並んで座る。




 しばらく沈黙が続いたあと、優斗さんが口を開いた。




「……また、会えるよね?」




 私の胸が、またぎゅっと締め付けられる。だけど、今度は痛みじゃない。勇気を出して、私は小さく、でもはっきりと答えた。




「はい。また、会いたいです。」




 優斗さんはほっとしたように微笑んだ。そして、おもむろにカバンから一枚の紙を取り出した。




「これ、俺が働いてる施設のパンフレットです。よかったら、また長野に来られる時、寄ってください。」




 それは、小さな自然体験施設のパンフレットだった。見れば、来月、春の花祭りのイベントもあるらしい。




「絶対、行きます。」


私はパンフレットをぎゅっと抱きしめた。




 帰りのバスに乗る頃、私はもう泣いていなかった。新しい何かが、私の中に芽吹き始めていたから。




「また、きっと会える。」




 バスの窓から見える長野の山々に、小さく手を振った。次にここを訪れる時には、もっと元気な自分でいられるように。


 私の小さな旅は、こうして新しい始まりを告げたのだった。



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