長野から戻った私は、静かな部屋でパンフレットを見つめながら、何度もため息をついていた。
──本当に、また会えるのかな。
不安と期待が交錯する中、ふと携帯電話に目をやると、メッセージアプリに新しい通知が届いていた。
送り主は──優斗さん。
『無事に帰れた?こっちは今朝も雪が降ってたよ。』
たったそれだけの短い文面だったけれど、胸がじんわりと温かくなった。
すぐに返事を打つ。
『はい!無事に着きました。長野の雪、また見に行きたいな。』
その日を境に、私たちは少しずつ、メッセージのやり取りを続けるようになった。
お互いの好きな食べ物、好きな本、子どもの頃の思い出──たわいもない話を重ねるたび、距離が少しずつ縮まっていくのを感じた。
そして、ある日。優斗さんから、こんなメッセージが届いた。
『春の花祭り、来られそう?』
パンフレットに載っていた、あの春のイベント。行きたい。でも、また期待して裏切られるのが怖い気持ちもあった。
──それでも、私は決めた。もう一歩、踏み出すって。
『行きます。絶対に行きます。』
送信ボタンを押した瞬間、胸の奥がじんわり熱くなった。優斗さんからすぐに、にこにこ笑ったスタンプが返ってきた。
四月。雪が溶け、やわらかな春の空気が流れる頃、私は再び長野へ向かった。
バスの窓から見える景色は、前に来た時とはまるで違う。ピンク色の桜、黄色い菜の花、小さな紫色のスミレ──あたり一面が、花の色で染まっていた。
花祭りの会場は、のんびりとした空気に包まれていた。子どもたちが走り回り、大人たちは屋台の食べ物を手に笑い合っている。
「──あ!」
ふと人混みの向こうに、見覚えのある姿を見つけた。優斗さんが、笑顔で手を振っている。
私は胸がドキドキして、走り出していた。
「優斗さん!」
「来てくれて、ありがとう。」
彼は本当に嬉しそうに言った。その言葉だけで、来て良かったと思った。
「これ、渡したかったんだ。」
優斗さんは、私に小さなブローチを差し出した。それは、桜の花をかたどった手作りのブローチだった。
「……かわいい。」
「桜はね、また新しい始まりの象徴なんだって。」
そっとブローチを受け取る。胸の奥で、何かが静かに芽吹く音がした。
「これからも、また会える?」
私がそう聞くと、優斗さんは少しだけ照れた顔で、でも力強くうなずいた。
「もちろん。何度だって。」
───春の光の中、私たちはまた小さな一歩を踏み出した。
過去の傷も、孤独も、不安も。すべてを抱えたまま、それでも、前を向いていける気がした。
「これからも、あなたと──。」
小さく、心の中で誓った。