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第15話  「家族」とは呼べない場所

「孫の顔を見せに来い」


母からの電話は、一方的だった。

謝罪の言葉も、労いの言葉もない。ただその一言だけ。


私はしばらく迷っていたが、優斗に相談すると、彼は穏やかにこう言った。


「行こう。君が嫌なら無理しなくていい。でも、けじめは大事だから。」


私はうなずいた。そうだ、けじめ。自分のためにも。





実家に着いた瞬間、空気が重たくなるのを感じた。

玄関に立った母は、開口一番こう言った。


「遅かったじゃない。もっと早く来れたでしょ。」


懐かしさよりも、胸に冷たい石が積み上がるような感覚。

そして私の腕に抱かれた我が子を見て、母はようやく笑顔を浮かべた。


「へえ…まあまあ可愛いじゃない。」


“まあまあ”。

それでも、あの母にしては上等な評価だった。


優斗が気を遣って話しかけると、母は平然と失礼なことを言い放った。


「子どもなんて、女が見てればいいのよ。男は外で稼ぐのが仕事でしょ?」


私は無言で母を見つめた。

変わっていない。何一つ。





食事の席でも、母は私の育児や暮らしを何かにつけて批判した。

「そんなやり方じゃ甘い」

「あんたが弱いから、鬱になったんでしょ?」


私は、胸の奥がヒリつくのを感じながら、それでも言い返さなかった。

優斗がそっと手を握ってくれていた。


食後、私は子どもを寝かせるふりをして、静かな寝室に逃げ込んだ。


すると、母の怒鳴り声が廊下に響いた。


「せっかく帰ってきたのに、寝かせるばっかり! 親不孝者!」


私は目を閉じた。

もう、ここは“帰る場所”じゃない。





翌朝、私は優斗に言った。


「今日のうちに帰ろう。」


「…わかった。無理させてごめん。」


「ううん、来てよかった。もう迷わないって、思えたから。」


私たちは荷物をまとめ、母には最低限の挨拶だけをして家を出た。





帰りの電車の中、窓の外をぼんやりと眺めながら、私は心の中でそっと呟いた。


「希美にだけは、絶対に、あんな思いはさせない。」


私は、繰り返さないと誓った。

優斗とつくる、新しい“本当の家族”を守るために。



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