「孫の顔を見せに来い」
母からの電話は、一方的だった。
謝罪の言葉も、労いの言葉もない。ただその一言だけ。
私はしばらく迷っていたが、優斗に相談すると、彼は穏やかにこう言った。
「行こう。君が嫌なら無理しなくていい。でも、けじめは大事だから。」
私はうなずいた。そうだ、けじめ。自分のためにも。
実家に着いた瞬間、空気が重たくなるのを感じた。
玄関に立った母は、開口一番こう言った。
「遅かったじゃない。もっと早く来れたでしょ。」
懐かしさよりも、胸に冷たい石が積み上がるような感覚。
そして私の腕に抱かれた我が子を見て、母はようやく笑顔を浮かべた。
「へえ…まあまあ可愛いじゃない。」
“まあまあ”。
それでも、あの母にしては上等な評価だった。
優斗が気を遣って話しかけると、母は平然と失礼なことを言い放った。
「子どもなんて、女が見てればいいのよ。男は外で稼ぐのが仕事でしょ?」
私は無言で母を見つめた。
変わっていない。何一つ。
食事の席でも、母は私の育児や暮らしを何かにつけて批判した。
「そんなやり方じゃ甘い」
「あんたが弱いから、鬱になったんでしょ?」
私は、胸の奥がヒリつくのを感じながら、それでも言い返さなかった。
優斗がそっと手を握ってくれていた。
食後、私は子どもを寝かせるふりをして、静かな寝室に逃げ込んだ。
すると、母の怒鳴り声が廊下に響いた。
「せっかく帰ってきたのに、寝かせるばっかり! 親不孝者!」
私は目を閉じた。
もう、ここは“帰る場所”じゃない。
翌朝、私は優斗に言った。
「今日のうちに帰ろう。」
「…わかった。無理させてごめん。」
「ううん、来てよかった。もう迷わないって、思えたから。」
私たちは荷物をまとめ、母には最低限の挨拶だけをして家を出た。
帰りの電車の中、窓の外をぼんやりと眺めながら、私は心の中でそっと呟いた。
「希美にだけは、絶対に、あんな思いはさせない。」
私は、繰り返さないと誓った。
優斗とつくる、新しい“本当の家族”を守るために。