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第17話  はじまり

春の光が、窓から差し込んでいた。


食卓には、優斗が作ってくれたサンドイッチと、私のいれたコーヒー。

希美は小さな椅子に座って、お気に入りのスプーンでヨーグルトをすくっていた。


「おいしい?」

と聞くと、にこっと笑って、ぺたんと手を叩く。


その姿を見ているだけで、涙が出そうになる。


ああ、これが――

私の欲しかった“家族”だ。


声を荒らげる人もいない。

誰かと比べられることもない。

ここには、優しさと、穏やかな時間がある。





希美が昼寝した後、私は押し入れから、ずっとしまい込んでいた封筒を取り出した。


「陳念さんからの、最後の手紙──」


何度も読み返してボロボロになった手紙。

でも今日は、何かが違っていた。


ゆっくりと、心の中で語りかける。


「ねえ、陳念さん。やっとここまで来たよ。あなたの言葉に、私は何度も救われて……。でも、もう私は、大丈夫だよ。あなたがいなくても、自分で立ち上がれるようになったから。」


風に舞うように、涙が一筋、頬を伝う。

私は、そっと封筒を元の箱に戻した。


「ありがとう。そして、さようなら。」


それは“永遠の別れ”ではなく、“心の中で生き続けてもらう”という新しい形の“お別れ”だった。





夜、優斗がそっと寄り添ってくる。


「……どうしたの?」


「ううん、なんでもない。ただ、やっとちゃんと前を向けた気がして。」


「なら、よかった。」


優斗はそれ以上、何も聞かなかった。ただ、黙って手を握ってくれた。


私は、もう誰かに認められようと無理をすることはやめた。

私が私であることを許してくれる人たちと、生きていく。


「ねえ、私たち、将来のこと、ちゃんと考えていこうね。」


「うん。一緒に、幸せになろう。」


“復讐”とは、自分の人生を取り戻すことだった。

“幸せになる”ことは、かつての自分を裏切ることではない。

むしろ、あの苦しみの中で、必死に生きてきた“私”への最高のご褒美だ。


これから、私たちの未来がどんな色に染まっていくのかは、まだわからない。

でも、私はもう、過去に振り回されることなく、目の前の愛を、信じて進んでいける。


そう、ようやく私は、“本当の自分”を生き始めたのだから。


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