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第12話

「さて、お顔のお直しはこれで終了です。後は私から一つだけお願いです」

「何かしら?」


 まだぼんやりと鏡の中の自分に見惚れるマリアンヌに言った。


「おでこの髪は……剃らないでください」

「え?」

「おでこが広すぎて、全てが台無しになってしまうので、しばらく帽子などでおでこを隠し、ちゃんとここまで前髪を生やしてください! お願いですから!」


 自然に髪が抜けてそうなったならそれは別に構わない。それはもうおでこだ。


 しかし、おでこを剃る事でそこにチクチクと毛が生えてスキンケアやファンデーションが塗りにくい!


 必死の懇願にマリアンヌは圧倒されたように頷いた。


「わ、分かったわ」

「ええ。それまでお家でメイクの練習をして、前髪が全て生えそろった頃にもう一度婚約者の方に会ってみてください。きっと上手くいきますから」

「ええ! ありがとう! 今日使ったもの全て貰えるかしら?」

「もちろんです! ありがとうございま~す!」


 私はそう言って上機嫌なマリアンヌを連れて受付に案内した。そこでもろもろのお会計を済ませ、扉の外までお見送りをする。


「またお越しくださいませ~」


 笑顔で言って頭を下げる。馬車の音が遠ざかったら顔を上げて一言。


「まいどあり~」

「……ヒマリって、ほんっと二重人格……」


 クリスの言葉に私は笑った。


「仕事だからね。はぁ~つっかれた。伸ばしもしてない蜜蝋なんか顔に塗りたくんなっての。剥がすのにどんだけ時間かかると思ってんのよ。さ~ビール飲も、ビール!」

「そのうち体壊すぞ」

「だ~いじょうぶ! 私の肝臓は鉄で出来ている!」

「……はいはい。じゃ、閉めるからな」

「よろしく~」


 こうして、今日のお直しも無事に終了した。出来高制さいっこう!



 目の前で二人の男が睨みあっている……。


 片一方は高位妖精。もう片一方は騎士団長。


 お互いに睨みあって、どちらも引こうとはしない。


 立場的に上なのは妖精、クリスだ。


 しかし、戦ったら勝つのは恐らくトワではなかろうか。


「あのさ、一体いつまでそうやってんの?」


 私は思わず二人に声を掛けた。そんな私を二人して睨みつけてくる。


「ヒマリ、いけませんよ。妖精とは言え、男です。姫に聞いて慌てて来てみたら、本当にこの妖精と二人で暮らしているなんて!」

「言っとくけど、僕の方がヒマリの事詳しいから! てかお前、この世界の人間のくせに僕を敬おうとかない訳? ルチルでさえ頭下げたぞ?」

「生憎、俺が信じるのは妖精ではないので」


 そう言ってトワはいつもの穏やかな顔を歪ませた。表情を歪めても美しいって凄いな!


 トワはここ1ヶ月ほど戦争に行っていた。だから昨日初めて私の家に高位妖精が住み着いていると聞いて、こうやってわざわざ訪ねて来てくれたそうなのだが——来た途端、これである。


「これだから信仰心が無い奴は嫌になるよな。ヒマリ、こいつ追い出してよ」

「そうはいかないでしょ? この国を支えてくれる大事な騎士様なんだから。ほら、お茶の準備するから手伝って」

「えー……ほんっとに人使いが荒いなぁ!」


 そう言いつつ珍しくクリスは素直に手伝ってくれた。そんな様子をトワが鋭い視線で睨みつけている。


「俺だって手伝えます。やかんはこちらですよ、高位妖精様」

「知ってるよ! 客は黙って座ってな!」


 一体何の言い合いなのか。私はうんざりしながら全員分のお茶の準備をする。


「はい、どうぞ。クリスも座んなよ」

「おう。あ、ヒマリちょっと詰めてよ」

「は? あんたいつもあっちに座るじゃない」

「今日はこっちがいい」


 そう言って無理やり私の隣に腰を下ろしたクリスにトワは咳払いを一つする。


「高位妖精様、女性にそのような態度はあまり感心できないのでは?」

「女性って言うより、ヒマリは僕の相棒だから。どっかのたまにフラっと来る奴とはち・が・う・の」

「戦争に行ってたんです。それまではほぼ毎日一緒に食事をしていましたけど? というよりもヒマリは俺の婚約者なんで」


 フフンと珍しく鼻で笑うトワに私は目を瞬いた。そんな顔出来るのか! 表情筋が死んでいるトワにしては上出来だ。


 それを聞いて、クリスが羽をブルブルと震わせた。


「はぁ? ヒマリ、本気? こいつと婚約してんの⁉」

「ん? ああ、お直し屋さんのお仕事の一環でね。婚約者の振りをしてるの」

「ああ、な~んだ。振りね。お芝居かぁ~ふぅ~ん」


 何か言いたげなトワがこちらに視線を送ってくるが、私としては今気になるのはオーブンに入れたキッシュである。ビールの準備はもう万端だ。早く焼けろ! 今日のおつまみ!


「ヒマリ、先ほども言いましたが、妖精とは言え男です。一緒に住むのは感心しません」

「とは言ってもね、私だって追い出そうとしたのよこれでも。それなのに全然出て行こうとしないからさ、仕方なく今や相棒よ。でもクリスのおかげで客は増えたよね~?」

「ね~? どっかの誰かさんと違って僕は役に立つからな!」


 そう言ってクリスはふんぞり返る。そんな態度がトワには気に入らないらしい。


「たとえ振りでもヒマリは俺の婚約者です。あなたが居る事でヒマリに変な噂が立つのは困るんですよ」

「妖精が相手でも変な噂ってたつの?」


 首を傾げた私にクリスがニヤリと笑って言った。

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