まず初めに、この世界のファンデーションと言えば、まだ鉛や水銀が主流だ。
しかしこの二つ、人体には非常に悪い。何なら水銀の種類によっては猛毒である。さらにこの時代の化粧は、とにかく真っ白に塗りたくる。この一択なのだ。そりゃ肌も体もボロボロになる。ましてや顔に塗る物。そこに毒性の強い物が使われていたら、どうなるかなど考えなくても分かる。
だから私は作ったのだ。ファンデーションを! この鉛と水銀のとんでも白粉が流行し続ける世の中に警鐘を鳴らすべく!
と、言うのは建前で、本当は内心ガッポリ儲けて楽したいのである。
まぁそんな話は今はいい。とりあえずそんな訳で、私はここでガッツリ稼いでさっさと隠居したいという一心でまずは化粧品を一式作ってやった。
化粧水、乳液から始まって美容液、ファンデーション、口紅、チーク、マスカラ、アイライナー、その他もろもろを!
何故こんな事が出来たのか。それはひとえに私がいた化粧品会社はナチュラル系の会社だったという事と、この世界には鉱物が履いて捨てる程あったからだ。
ちょっと信じられないと思うが、あまりにも鉱山がある為に金や銀でもびっくりするほど安い! そりゃ使わない手はない! という訳で、案外簡単に化粧品を作る事に成功したのだ。まぁ、相棒のクリスの力が相当に大きかったが。
さて、ではマリアンヌ改造計画に取り掛かろう。
「ではまずは下地を塗りますね~。マリアンヌ様は今は血色があまりよくありません。なので、少し赤味を足します。この下地にはルビーの粉が少量入っていまして、ほら! 光の加減でキラキラ光るのがお分かりですか?」
すかさずマリアンヌに鑑を渡すと、マリアンヌは鏡を覗き込んで感嘆の声を上げた。
「ほんとだわ! キラキラしているわ!」
「ええ、ええ、もうキッラキラですよ~。そしてこのままファンデーションを塗ります。乾燥気味のマリアンヌ様にはこちらの保湿もしてくれるオイルファンデーションをご用意しました。付けていきますね」
そう言って手早くファンデーションを顔面に塗りたくっていく。どうせ元は絵画のような顔だったのだ。少々乱暴にしても彼女たちは大して気にもならないようだ。
「あまり白くはないのね……」
残念そうなマリアンヌに私は言った。
「いいですか、マリアンヌ様。人間が一番美しい顔に見えるのは、首よりもワントーンだけ明るい色です。それ以上だとまるでお化け! 真っ白な顔にあからさまに描いた眉毛に真っ赤な唇。どうです? 聞くと怖いでしょう?」
「え、ええ……そうね……」
想像したのか、マリアンヌはブルリと震えた。ついさっきまでの君だよ、マリアンヌ。
ファンデーションと白粉を塗り終えた私は、もう一度マリアンヌに鏡を渡した。
「見てください。さっきと随分印象が変わりませんか?」
「! これは……私なの⁉」
「はい。マリアンヌ様です。そしてお化粧はここからがスタートです。どれほど自然に描き込んでいくか! それが勝負なのです! まずは眉! 細すぎて無いも同然ではないですか! 細いにしてももう少しやり方があるのです! こうやって、まずは眉山と眉尻に点をつけます。ここに向かって、一本一本毛を書き込むように!」
「は、はい!」
「これだけで自然な細眉の出来上がりです! そしてチーク! チークも入れ方一つで印象は色々です! マリアンヌ様はまだお若いので、それを生かします。薄いピンクのチークを使い、形はフワっと丸く! この時、決してボテっとはつけないように、これがポイントです。チークを付けたら上からその部分に白粉を軽くつけ、余計な粉を落とす! そうしたら!」
「そ、そうしたら⁉」
「まるで少女のように愛らしいお顔に!」
「まぁぁ!」
「そして目! マリアンヌ様は少々釣り目でらっしゃいます。なので、まずは目尻にアイラインを下に向けて引くのです。こうする事であっという間に垂れ目に!」
「ほんとだわ!」
「今回は愛らしさを強調するために目尻を下げましたが、強く見せたい時などは少しだけ跳ね上げて、より釣り目に見せるのも効果的ですよ。そしてこのままでは目尻だけが強調されてしまっておかしいので、睫毛の際にアイラインを塗り込んでいきます。すると、ボヤっとしてどこにあるか分からなかった目が!」
「目が!」
「ほら! こんなにも存在感を出してきました! 睫毛は長く美しいので、ビューラーでぱっちりと上げて、マスカラは美容成分の入った透明な物を。こうする事で睫毛にツヤが出て、常に涙で濡れているかのような目元を演出できます。最後に唇です。はっきりくっきり塗ればいいというものではありません。愛らしく、思わずキスしたくなるような唇を作るには、それなりの努力は必要不可欠です。まずは真ん中に濃いめのピンクをボテっと置きます。そして、ここから小指を使ってジワジワと外側にボカすのです。はっきりとした唇ではなく、境界線をボカす事によって儚げな印象を持たせます。そして上から皆大好き蜜蝋のグロスを塗ってやるのです。すると、唇はまるで油ものを食べた後のようにテカテカ、いえ、プルプルに!」
「本当だわ! こ、これが私……?」
「はい。とても可愛らしいでしょう? 先ほどの自分と比べてみてどうですか?」
「素晴らしいわ……全然白くないのに何故かしら……こちらの方がいいと思える」
マリアンヌの言葉に私は頷いた。そりゃそうだ。誰だってあの『叫び』よりは人間の娘の方が良いに決まっている。