「そんな事言うの、ほんとお前ぐらいだよ」
そう言って席に座りなおしたクリスは大人しくキッシュを食べ、目を輝かせた。
「うっま! おいトワ、これめちゃくちゃ美味いぞ」
「んん! ほんとですね。ああ美味しい……ここしばらく兎汁しか食べて無かったから余計に美味しい……」
「兎汁ってあれだろ? 兎を塩だけで茹でたやつ」
「それです。まぁ戦争なんでね、仕方ないんですけどね。食べられるだけマシです」
そう言って戦争の最中に食べる料理について語り合う二人に私はポツリと言った。
「缶詰作ればいいのに」
「何です? それ」
「缶の中に食べ物詰めて密封してね、加熱殺菌すんの。それだけで大分長い事食べられるよ」
この世界に瓶はある。もちろん蓋は缶である。だとすれば缶詰も出来るのではないのか。
「何です⁉ それは!」
「いや、だから缶詰だってば。最初は瓶詰めだったかな? そっから確かブリキ缶になったのよ」
美容部員時代の常連さんが教えてくれたのだ。缶詰のきっかけを作ったのはナポレオンだ! と。こういう豆知識はどこかで役にたつかもしれないので地味に覚えている。
しかしざっくりと覚えているだけなので、詳しく聞かれると困る。これも私が何もしないと言い切った理由だ。アイディアは出せる。
けれど、それ以上聞かれても分からん、としか言いようが無いのだ。かと言ってその作り方を考えて試行錯誤している時間など私には無い。
「そういう知識をさー……いや、いいや。トワ、今の聞いたろ? 缶詰とやらを作ってみれば?」
「そうですね! もしかしたらそれで兎汁は卒業できるかもしれませんし!」
嬉々としてキッシュを食べてビールを飲むトワの顔は本当に嬉しそうだ。
自分では特に何も動かないが、こうやって情報が勝手に広がる分には別に何も問題ない。多分。
ある日、このクソ暑い中、全身をびっちりコートで覆った大男が店にやってきた。それだけじゃない。頭には帽子。顔にはマスクでほぼ顔が見えない不審者だ。
「いらっしゃいま……あ、暑くないですか?」
「ども……ここ、お直し屋さんですか?」
「そ、そうですけど……とりあえず、コートをお預かりしましょうか」
「あ、待って! 無理! ここじゃ無理です!」
声だけ聞くと結構若そうだ。ここに来る人達は皆何かに悩んでいる。それを気軽に相談しに来る所、それが『お直し屋さん』だ。
とはいえ、何も大層な事はしない。話を聞き、アドバイスをする。一緒に悩み、一緒に考える。それだけの事だ。カウンセリングの資格など無いので上辺の事しか出来ない。
しかし何故か客は来る。恐らく、ただ聞いて欲しいって人は意外と多いのだろう。そしてその相手に遠方の国(異世界)から来た私はうってつけなのだ。何せしがらみも派閥も無いから!
ただ、たまにあのムンクの令嬢のようなガチな人もやってくる。
今回はそれ系だとピンときた私は、すぐさまクリスを呼んだ。
「なにー?」
「カーテン全部引いて、外に閉店の札下げといて」
「んー。あ、いらっしゃ~い」
「ど、ども」
不審者はクリスの様子に驚いたように目を丸くして羽を凝視している。
「高位妖精……初めて見た」
「そうなんですか?」
「滅多に見れないです。凄い……綺麗だなぁ……いいなぁ……」
本気で羨ましそうにそんな事を言う不審者に、私は言った。
「これでもう誰も入ってこないし、外からも見えません。脱いでいいですよ。暑かったでしょう?」
「あ……はい。あの、ビックリしないでくださいね……」
「ええ」
大抵の事には慣れた! 自信満々に頷いた私は、その後すぐに後悔する事になる。
コートを脱いで帽子とマスクを取った男の顔は、ライオンだったからだ。比喩でも何でもなく、いわゆる獣人というやつなのだろう。どこからどう見てもライオンである。しかし如何せん、毛が多い! 顔が見えぬ!
「おお……これはまた見事な……すみません、お気を悪くしたら言ってくださいね。私、獣人族って初めて見るんですが、立派ですねぇ!」
そう言ってしげしげと見つめる私にライオン男はふいとそっぽを向いた。
「あ、ごめんなさい」
「いえ! 間近で顔を覗き込まれると照れるといいますか……すみません」
「ああ、どちらにしても不躾でごめんなさい。それで、どんなお悩みです?」
「はい。私はスタンと言います。実は、私は見ての通り、毛が多いんです」
「はぁ」
「顔がよく見えないのに口下手だし、あまりしゃべらないのも手伝って、どんどん自分に自信がなくなって……周りからは暗い奴ってレッテルまで貼られてしまって先日とうとう仕事までクビになっちゃって……もうどうしたらいいか」
「ええ」
「だから……どうにかしたいって……そしたら、たまたまここの話を聞いたんです。お直し屋さんは、ある令嬢の化粧を変えて結婚を取り持ったって。私はそれを聞いて感動しました。化粧を変えるだけでそんな事が出来るのか、と。もしかしたら私の事もどうにかしてくれるのではないか、と」
「……なるほど」
どうもこのライオン、まるでオズの魔法使いに出て来るライオンのように自分に自信が無いらしい。