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第15話

 私は立ち上がってライオン男に近づくと、にっこり笑った。


「簡単です。髪を切りましょう! それで万事解決です!」

「え……?」

「だから、切っちゃいましょ! 顔が見えるように。ちょっと失礼しますね!」


 そう言って私はスタンの髪をかき上げてみた。するとどうだ! めちゃめちゃイケメンではないか! いや、顔はライオンなのだが、元々ライオンのオスもメスも綺麗だ。これは見せない訳にはいかないだろう!


「う、うわぁ⁉」

「スタンさん、私はむしろあなたは口下手でいいと思うんです。口数少なく、そこに立っているだけで存在感が半端ないので。でも、それは顔が見えたらの話です。大丈夫、お任せください。私、こう見えてトリマーの助手もやっていたので!」

「ト、トリマー? 口下手で……いいんですか?」

「もちろん! 何ならお喋りなライオンよりもずっといいですよ!」

「そ、そういうもんですか?」

「そういうもんです! どうします? カット希望します?」


 私の問いにスタンはしばし考え込むと、ゴクリと息を飲んで決心したように頷いた。


「それで人生が変わるなら、お願いします」

「了解しました! クリス~! ハサミセット持ってきて!」


 その呼びかけにクリスが渋々部屋にハサミを持ってやってきた。


「人使い荒いなぁ~。おお、獣人じゃん。何すんの?」

「髪切るの! 顔見せないの勿体ないでしょ!」

「確かに。獣人は皆綺麗だからな。僕も見てていい?」


 クリスはスタンの返事も待たずにその場に椅子を持って座り込んだ。


「あ、あの……えっと……」


 クリスに綺麗だと言われた事に戸惑っているのか、スタンは目を瞬かせた。


「緊張しないでくださいね。楽にしててください。じゃ、いきますよ」

「は、はい!」


 そう言ってスタンはギュっと目を閉じた。


 そこからの私の思い切りの良さは、側で見ていたクリスが引くほどだったそうだが、私はただひたすら真剣に髪を切り続けた。幸いな事に、トリマーの経験もある! これは大きいが犬だ。そう思いながら髪を切り終えて、用意していたセット剤で前髪をかきあげてやると……。


「おぉ~! ヒマリ、上手いじゃん」

「でしょ~? はい、スタンさん、鏡どうぞ」

「は、はい! こ、これが……私⁉」

「どうです? めちゃくちゃイケメンじゃないですかぁ~! 勿体ない! 何で隠してたんですか!」

「す、すみません……でも……凄い……こんなに変わる……のか……」


 いつまでも鏡を覗き込むスタンに、私は頷いた。


「案外ね、そんなもんなんですよ。あの令嬢だって、確かに私が化粧を変えました。でも、それはほんのちょっとしたきっかけに過ぎなかったんです。自信がついた彼女は私も驚くほど素敵になっていきました。だからね、あなたもきっとそう。ほんの少しだけ自信を無くしてた。でも、これでもう大丈夫です! 鏡の自分を見てたら、何でもやれそうな気がしてきたでしょう?」


 最後はいつもこうである。丸め込む。これに尽きる。不安な人ほど誰かに背中を押してもらいたがっているものだ。そして大抵、こういう人達は断言されると弱いらしい。


 私の言葉にスタンは力強く頷いた。うんうん、大変素直でよろしい。


「あ、ありがとうございます! やっぱり、やっぱりここに来て良かった!」


 スタンは立ち上がって私を軽々と抱き上げた。


「うわぁ! たっかいなぁ! あ、ちょっと待って。セットが乱れた」


 そう言って手櫛でスタンの髪を直す私を、下からクリスが下ろせ! と怒鳴っているが、スタンは感激しすぎて目に涙まで浮かべ、ようやく私を下ろしてくれた。


「本当に、本当にこの御恩は忘れません! あ、このセット剤はここで買えますか?」

「もちろんです! では、お会計しましょうか~」

「はい!」


 こうして、今日も大きな仕事を終えた。



「ふぃ~、仕事の後の一杯は染みるねぇ!」

「ローストビーフ美味い。肉美味い。あのライオン、気が利くじゃねぇか!」

「ライオン? 今日のお客はライオンだったんですか?」

「聞きたい聞きたい! どんなお客様だったの?」


 いつメンで食卓を囲む。おかしい。私は一人暮らしだった筈だ。それなのに、何故四人分の食事を私が用意しているのか。


「守秘義務があるので言えまっせ~ん!」

「そうそう。秘密厳守! お漏らしダメ、絶対!」


 そう言ってチラリとトワを見る当たり、クリスの性格の悪さが伺える。


「まぁ一つだけ。獣人さんだったんだ。もうね、めっちゃくちゃイケメンだった!」


 そう言ってビールを飲んだ私に、三人は首を傾げている。


「なぁ、さっきも思ったんだけど、そのイケメンってなんなんだよ?」

「ん? ああ、そっか。すっごく男前って事! 格好良かったなぁ~また遊びに来てくんないかなぁ~」


 何気なく言った一言に、トワとクリスのフォークからローストビーフが落ちた。


「ヒマリ! あなたは俺の婚約者だからね!」

「ヒマリ、お前、妖精よりも獣人のがいいってのか⁉」


 そんな二人を見てルチルはクスクス笑う。


「ヒマリたいへ~ん。モテ期到来だぁ~」

「私にそんなものないない。はぁ……お肉とビールさいっこう!」


 スタンはどうやら相当いい肉を持ってきてくれたようで、一口噛む毎に肉汁が溢れ、ビールとの相性は抜群だった。今日も元気でビールが美味い!


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